46 ──つまるところ巡航艦という艦種は……

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男

・シホ・アマハ:同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌

・ユウイチ・マシバ:同技術長兼情報長兼応急士、21歳、男、ハッカー

・ダイゴ・クゼ:同応急長、22歳、男


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・メイリー・ジェンキンス:

 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、革命政治家の娘

・〝キム〟 キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有


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6月13日 1205時

【H.M.S.カシハラ /士官食堂】


 追尾する帝国宇宙軍ミュローンの装甲艦を退けることに成功したカシハラ──その食堂はいま、戦闘後の昂揚感に包まれていた。

 そもそも総員配置が続いて皆まともな食事にありついていなかったこともあって、仲間と──誰も欠けることなく──共に安心して食卓に着けるというこの状況を皆が満喫している。



「──あのデコイの制御系はボクが手掛けたの。だから今回の成功の何分の1かは、ボクの〝お手柄〟なんだよ」


 副菜のカウンターへと並んだ列の中で、そう言って纏わりつくキム・コーウェルの得意顔にメイリー・ジェンキンスは適当な笑顔を作って返した。

 そうすると偶々たまたま視界の中で士官の一人と目が合ってしまい軽く手を振ってきた。メイリーも小さく手を振り返すと、〝彼〟は口元を緩ませて列をすれ違っていった。するとすぐその後には、また別の士官──やはり男性だ──から声を掛けられる。


「──あ、メイリーさん、午後一に血圧見てもらいに行きます……いいですか?」


「はい、だいじょうぶです。お待ちしてます」


 そんな〝男の子〟に笑顔で応えるメイリーに、キムはここぞとばかりにニヤついた表情かおになって言う。


「なーんかメイリー、モテモテだねー……?」


 そんな〝親友〟の表情かおと言葉を、メイリーは完璧に無視した。彼女の上司、ラシッド・シラ艦医の奨めもあって、看護助手としての彼女がつい先日までの候補生らに〝愛想よく〟接しているのは事実で、そのおかげで乗組員──彼女目当ての男子候補生ら──が医務室へと足を運ぶようになって、乗員の調管理のためのデータ収集が円滑に回っているのは確かだった。


 そんなふうな愛想の振り撒き方には疑問──というか抵抗を感じないでもない。


 でも、長時間の総員配置でキリキリしていた候補生たちが、手をそっと握ってあげただけで不思議と落ち着きを取り戻すのを見てしまうと、それが女性を貶めている、と目を吊り上げるほどのことだろうか、そんなふうに考えるようにもなっていた。



 そんなメイリーは、副菜のメニューを選ぶキムの頭越しにエリン・エストリスセンの姿を、ふと目に留めた。



「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


 そのメイリーの言葉に、士官食堂の片隅のテーブルにぽつりと座って食事をしていたエリンは両の手を止めた。仕切り皿プレートの料理は、まだほとんど手付かずのままだった。エリンはナプキンで口許を拭うと、面を上げてメイリーの顔を見た。


「はい」 エリンはそう応え、おもむろに空いている席を勧めた。「どうぞ」



 自己紹介をしたとき『父』ジェンキンスの名を警戒されるのではないか、そう考えていたメイリーは、エリンが自分の名前を別の事柄で記憶に留めていたことに驚かされることになった。


 去年の秋にメイリーは大学の『星系自治論』で提出したレポートの評価に納得することができず、担当講師の部屋を訪ねたことがあった。殿下はそのときに偶然その場に居合わせていたという。言われてメイリーは、皇女殿下が〈シング=ポラス自治大学UASP〉の同窓であることに改めて気付いた。


「──お恥ずかしい限りです」


 さすがに赤面して顔を伏せたメイリーに、同席するキムが驚いたように声を上げる。


「メイリーがわざわざ抗議しに行ったなんて、よっぽど採点がおかしかったんだ」


 相手が貴族でも皇族でも、人を見て立ち振る舞いを変える様なことのないのが、キムという娘のいい所だ。そうメイリーは思っているが、この時はそんなキムの言葉にいよいよ恥ずかし気な顔を俯ける。


「…………」


「そうではないのです」


 そんなメイリーに代わってエリンが説明をしてくれたのには──そしてちょっと可笑しそうにしたことに──、キムだけでなくメイリーも驚いた。


「──メイリーさんは、自分のレポートが不当に高く評価されたのではないかと、そうフンボルト先生に抗議に来られたのです」


「へ──⁉ あ、あぁ……」


 それでキムはメイリーがいつもの〝お父さま〟コンプレックスから異議を唱えに行ったことを理解した。──何であれ、高い評価を受けると過剰に反応してしまうのがメイリーの〝良くない〟ところだ、とキムは思っている。



 メイリーの方は、大学構内キャンパスのカフェで学友クラスメートに揶揄われているような感覚になって、自身の行いを擁護し始めた。


「──クラスでただ一人〝Aプラス〟の評価を受けたのが政治家の娘の私というのは、いかにも〝そういう力学〟が働いたように思えるじゃありませんか」


 そう言ってむくれた彼女に、ナプキンを置いたエリンは小さく小首を傾げてみせる。


「そうなのですか? わたしは、そのように思いはしなかったのですが──」

 それから事も無げに言った。「そもそも謹厳実直なフンボルト先生です。先生はそのように個人におもねる様なことはしないでしょう」


「──そうです」

 メイリーの声がちょっとささくれた。「……立派な先生がするべきことではなかったんです」


 一歩も退かない様子のメイリーに、エリンは〝ここだけ〟の話です、とばかりに囁いてみせた。


「わたしは先生のこの春の講義で〝B〟を返されました」

 そして控え目に無邪気な微笑みを浮かべてみせる。「──権勢におもねる人とは思えないのですが」


 メイリーはその一言に恐縮し、それから言い訳がましいことを何やら口に仕掛けたが、結局、背筋をしゃんとして皇女殿下に向き直ってみせた。──その表情かおが〝降参〟することにしたときの彼女のものであることは、キムだけでなくエリンにも感じ取ることができた。



 そんなメイリーにエリンは続けた。


「メイリーさんは自分に厳しいのですね。それは〝美徳〟ですが、そこまで思いつめることはないと思います ──ミュローンの言葉にもあるよう〝獅子のこどもが獅子であるからといって、その爪の鋭さを気に病む必要ことはない〟のではないでしょうか?」


 言って、慌てて付け加える。「──ああ、ミュローンの言葉です。言い回しがキツイものだったでしょうか?」


「私は自分が獅子なのかどうかわかりません」


 そう言って返したメイリーだったが、かたわらのキムは視線を遣って閉口してしまった。


 そんな二人に破顔したエリンは、あらたまって言った。


「あのおりわたしは、そんな貴女の真っ直ぐなさまをとても羨ましいと感じていました。──どうか友人になってくださいませんか?」


 メイリーはキムと目線で頷き合うと、その皇女の申し出を受けて返した。


「メイリーと、そう呼んでください、殿下──」




6月13日 1410時

【H.M.S.カシハラ /艦長公室】


 深手を負った帝国軍艦HMSアスグラムがシング=ポラス星系へと自力で跳躍ワープしていくのを見送った後の〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラ艦長公室──。主計長として艦の搭載装備品の消耗に目を光らせる立場のシホ・アマハは、艦長公室に集まった幹部らに厳しい見解を述べていた。


 装甲艦アスグラムとの戦闘において、カシハラは搭載する軌道爆雷の30%を撃ち尽くしていた。近接防御火器CIWSの76ミリ電磁投射砲レールガンに到っては40%超の砲弾を消費しており、単純計算で後1、2回の対空戦闘をすれば、それでもう残弾たまが尽きる。


 弾薬以外でも、反応剤、推進剤、冷却剤の消費量が予想をはるかに超えており、ユキオ・オダ機関長による詳細報告を待たず、あと数回の戦闘を行うのが精一杯やっとであることを、この場の幹部士官はすでに理解していた。


 1回の戦い…、ただ1回の戦闘で、カシハラはその能力の限界──練習艦にすぎないという事実こと──を直視せざる得ない状況に追い込まれた。補給を望めないという不利はハンデは如何ともしがたい。



「──つまるところ巡航艦という艦種は、戦うヽヽ都度たびに『補給』が必要なんだな……」


 航宙長のイツキ・ハヤミの言葉に、艦長公室の長机の上座でタカユキ・ツナミは渋い表情かおの下半分を右手で覆った。

 それは知識としては理解していたことで、今更口にしてみたところでどうなるというものではない。──しかしまぁ、目論見の甘さは今に始まったことではないが、何と能天気な算盤そろばんの弾き方だったのだろう。……〝物見遊山〟に出かけてきたのじゃあるまいし。


 誰も何も応えないので、最年少、技術長のユウイチ・マシバが仕方なく口を開く──。


「でも僕たちに補給の当てはないんですよ…… 艦の物いまあるもので何とかするしかないでしょう?」


「いっそのこと〝海賊〟でもやっちまおうか? ──ミュローンだって最初はじめは〝私掠船団〟の〈共同持株会社〉だったわけだし」


 イツキのその軽口に、堅物のツナミはさすがに黙ってられなかった──が、実際に声を上げたのは副長のユウ・ミシマである。


「バカなこと言うな」


 それは然程の語気ではなかったが、イツキは片手を挙げて反省の意を示して返した。ミシマは憮然として続けた。


「──どのみち民間船を襲ったところで、武器弾薬や軍用反応剤は手に入らない……」


 副長の〝身も蓋もない〟言葉が、現在いま皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラの現状だった。



 その副長の思案気な表情を向いて、目の奥を探るようにしていたシホ・アマハは、意を決したように静かに口を開いた。


「……では、〝海賊のものヽヽ〟を戴くとしますか」


 その不穏当な発言に、場の皆の視線が集まる。アマハはその中のミシマの視線に向いて、静かに頷いてみせた。


 ミシマは硬い表情でアマハを見返していたが、やがて探るように声を潜めて言った。


「──マレア星系……〝マレイズしょう〟のコトを言ってますか?」


 アマハは黙って肯いて返した。

 ミシマの言葉には、応急長のダイゴ・クゼが反応していた。


「マレア星系、〝マレイズしょう〟…… って、それって──『海賊航路ヽヽヽヽ』……っ⁉」


 アマハの貌が無表情なのが、いっそ怖かった……。


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