第10話 戦いの後に

45 責任をもって

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・トウコ・クリハラ:同砲雷長、22歳、女、通称『氷姫』

・コトミ・シンジョウ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・アーディ・アルセ:帝国宇宙軍装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男


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6月12日 0445時

【H.M.S.カシハラ /艦橋】


 戦いが終わり、艦橋のメインスクリーンの通話画像にアーディ・アルセ帝国宇宙軍大佐の姿が映し出されると、戦闘指揮所CICから移動してきたタカユキ・ツナミ艦長をはじめ、艦橋の士官は皆一斉にそちらを向いた。


 アルセ大佐は先ず指令席に座るエリン皇女殿下に右手を上げて敬礼すると、艦長席のツナミに向かい改めて敬礼した。姿勢を正したツナミが答礼をし終えるのを待って右手を降ろす。

 感慨深げに若き敵手の顔を見遣っていたが、やがて口を開いた。


帝国軍艦HMSアスグラムは貴艦に投降する。どうか寛容な対処を願いたい』


 カシハラの艦橋では、アルセ大佐の言葉にツナミ艦長が副長のユウ・ミシマを向いた。ミシマは頷くと艦長に代わってスクリーンの先の敗軍の将に応えた。


「──アスグラムからの熱量の低下、並びに本艦への射撃管制の停止を確認しました。《H.M.S.》カシハラは、エリン皇女殿下の名のもとに軍艦アスグラムの投降を受け入れます──。アルセ艦長、ご苦労でした」


 ミュローンの武人はその言葉に小さく息を吐き、副長へと向き直った。



『ありがたく思う…… それでは移乗の受入れと艦の明渡しについてだが──』


 投降後の処置について実務的な交渉に入ろうとしたアルセをミシマは遮った。


「──それには及びません、艦長」


 アルセが怪訝な表情を向けると、ミシマは事前に艦長と打ち合わせて〝既定〟としていた事柄を相手に伝えた。


「アスグラムの接収は〝見合せ〟ることにしました。──本艦カシハラからの移乗はありません」


『…………』


「──艦載固定の武装についての封印も敢えて行いませんが、軌道爆雷等、宙雷の類については放擲、放棄をして頂きます」


 敵手であったカシハラの副長の言葉をそこまで聞いて、アルセは胸中の皮肉めいた思いを口にしていた。



『随分と寛大なのですな』──勿論、表情かおには出さない。


「時間が惜しいのです──」 副長は彼ならではの、あのヽヽ何者にも臆することのない微笑で返した。「他にもいくつかの理由はありますが、それヽヽが〝一番〟の理由となります」


 アルセは頷くしかなかったが、ここでそんな彼に、初めてエリン皇女が口を開いた。


「アルセ艦長──」 彼女は真っ直ぐにアルセの目を見て言った。「艦長とアスグラムはよく戦いました。わたしがベイアトリスで帝位に就いたのちには、その力を十分にミュローンのため役立てて欲しいと思います」


 そして最後に、そんな言葉にわずかに逡巡したアルセに、こう付け加える。「──死ぬことは許しません」



 それにはアルセは即答することができず、しばしの時間が於かれることとなった。やがてアルセは静かに皇女の顔を見返して静かに言う。


『〝遺憾なきをなす〟ことは帝国軍人ミュローンの矜持でありますが……』


 アルセの言葉に、皇女は〝おざなり〟には応えなかった。


「艦長はふねの乗員の生命を想い投降なさいました。わたしの想うミュローンとは、そういったことを当たり前と思える国です。体面で命を扱うことは、重ねて許しません」


 真っ直ぐな瞳がアルセの目を見て言う。言葉の響きの真摯さは、その目の輝きの伝えるものと同じく、その場の者を惹き込むものであった。


 そのエリンの言葉に、アルセはあらためて威儀を正すと敬礼を返した。彼は心を決めた。


『不肖の身ながら、殿下の御旗の下、微力を尽くさせてもらいましょう』


 ──このときのアルセは〝即位の暁には〟という文脈で語ってはいない。


 エリンもまた、そんなアルセに頷いて返した。



 最後にアルセは、〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラの青年艦長を向いた。


『──ツナミ艦長…… 殿下を頼みます』


 ツナミは口許を精一杯に引き締めて返した。


「責任をもって」


 ツナミとアルセの目と目が合うと、帝国軍ミュローンの武人は、満足気な表情になってスクリーンから消えた。





 アスグラムは左舷の推力を失い戦闘航宙こそ不可能であったが、航行能力自体は喪失しておらず自力でのシング=ポラス回航となった。


 砲撃による直接被害は推進器並びに放熱翼のみで、防御スクリーン変換熱の過剰流入オーバロードで機関区内の蓄熱系から出火、火災が発生したことを除いて被害はなかった。それも機関長セーデルバリ機関中佐の迅速な対応もあって、死傷者が出なかったことは不幸中の幸いと言えた。



 ミシマ副長の言葉の通り、武装解除もとくに行われることはなく、カシハラの加速を見送るに先立って、積載する軌道爆雷、宙雷等が放擲され、レーザの照射によって破壊されただけであった。


 そんな中、アスグラムからカシハラへ乗員の移乗が行われた──。

 帝国宙兵隊少佐カルノーに率いられた宙兵隊員8名、接舷攻撃支援機の搭乗員3名、計12名をカシハラ側が受け入れたのには、少々〝行き違い〟に似た混乱があった。


 宙兵戦力を持たないカシハラに、アスグラム側からの〝好意〟──アルセが〝問題外〟であることを承知で提案したそれ──を、エリン皇女殿下が言下に受けたからである。


 勿論それは、艦長のツナミや副長のミシマのみならず、皇女に近しい助言者という立場となりつつあったシホ・アマハ宙尉でさえが即座に反対するような事柄であった。──そもそも保安部員すらいないカシハラに、帝国の宙兵が入れば瞬く間に制圧されてしまうだろうことは、火を見るよりも明らかである。

 エリンは状況の把握の面には聡かったが、軍事的な〝駆け引き〟には全く疎かった。


 アルセ艦長の〝好意〟──そこにそれ以外の〝含み〟はなかったのだが──を受けることが礼儀であろうと、ただそう応えてみせたのである。


 ある種の緊張の中、──ツナミとミシマが蒼白となり、アルセらが口元を緩ませた中──カルノー宙兵隊少佐以下、宙兵隊員11名はカシハラに入った。その中にはオーサ・エクステット宙兵隊上級兵曹長の名もあった。


 エリンはこのときのことを深く反省した様子で──ミシマに小一時間ほど戒められ──、以後は軍事的な交渉に際し、自らの安易な判断のみで回答をするのを避けるようになる。




6月12日 0800時

【H.M.S.カシハラ /戦闘指揮所CIC


 追跡艦アスグラムの排除に成功したことで午前直から第3配備に移行したCICで、トウコ・クリハラ砲雷長はスクリーンの灯光が最低限の機能の分にまで落とされた暗い指揮所の主管制卓から、戦闘中での自分の席──砲雷長席──を見ていた。


 ──主砲操艦…… 追尾・照準…発射…… それから撃破…… 復唱して操作して……戦術長補の声がして…… あたしの判断は、それとは違ってた……


 背後で扉が開きスライドし、誰かが入室してきた気配にクリハラはそんな思索を切り上げた。


「砲雷長が当直か──」


 声がして、その声は、いまは艦長となったツナミのものだった。

 ツナミはクリハラの座る主管制卓──第2配備以下の警戒レベルでは、基本的にCICは最低限の戦術科要員がこの主管制卓に着くだけである──の前を遠慮するようにして横切ると、座り慣れた戦術長補の補助席に向かいそのまま座った。


 少し居心地の悪そうな間があって、再びツナミが腰を浮かしかけたタイミングで、クリハラはその背に声を掛けた。


「戦術長補──」 クリハラは〝職名〟を間違えてしまったことに思わず口籠ったが、ツナミが気にしたふうもなく席をくるりと回したので、そのまま続ける。「あのタイミング……直撃させないヽヽヽヽのを狙ってました……?」


 ツナミはクリハラのその問い──アスグラムへの主砲発射のタイミングのこと──に、ああそこか、と合点したふうに頷いて応えた。


「いや…… あの結果は──まぁ狙ったというより〝希望的観測〟みたいなもの、かな」


「〝希望的〟……?」 クリハラは少し眉を曇らせる。


「第一射を外しても、あの射点からなら第二射を直撃させられると思った。だから第一射をあのタイミングで──」 言ってツナミは、両の肩を軽く竦めてみせた。


 ──やはり狙っていたんだ……。

 ただ〝乾坤一擲〟──〝一発限りの勝負〟というわけではなかったらしい。


 その答えに、クリハラも頷いて返した。少し納得できた気がする。



 ツナミはそんなクリハラに、少し躊躇ってから重ねて声を掛けた。


「砲雷長── もし……引き金トリガーを引き続けるのが辛くなったら、そのときはそう言ってくれていい」


「…………」 


 クリハラは黙ってツナミを見返した。その視線が少し警戒するふうになる。

 ツナミはそれに、敢えて気付いていないように無視をして続けた。


「──俺やミナミハラ、ユウキだっている。重責を一人に背負い込ませるつもりはないんだ……」


 クリハラは少しグッときて、ツナミを見返した。


「戦術長補は、いまは艦長じゃないですか……」 わざと後ろ向きなことを責めるように言って、それからバツの悪くなった感じに答える。「──大丈夫です……いまは」


 ツナミが頷いて戦術長補の補助席から立ち上がったときには、彼女も優しい気持ちになっていて続けていた。



「でも戦術長補── こういうふうに〝優しい言葉〟も言えるんですね?」


「俺には〝似合わない〟か?」


 憮然としたふうのツナミに、クリハラは珍しく笑って言った。


「いえ ──それじゃーコトミにも、こんな感じに接しているのかな? とか……」


「え……? なんでコトミに──」 ツナミの顔が少し赤くなったかも知れない。


「…………」


「コト──シンジョウは船務科で、ミシマのヤツが見てるだろ……」 何とか言葉を探し出して、といった感じだ。


「…………」


「いや、だってそういうのは──」


 さすがにここまで来ると、クリハラはめんどくさそうにツナミを遮った。


「だってそういう関係ですよね?」


 そう言われてしまって汗顔かんがんするツナミの顔を覗き込んだクリハラは、呆れたように言った。


「まさか〝誰も気付いてない〟なんて思ってませんよね?」


 ──勿論ツナミも、〝誰にも気付かれてない〟とは思っていない……。ただ、〝気付いていないフリ〟はしてもらえると思っていたのだ……。


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