第8話 逃避行(後編)
39 ……中々全力で走ってはくれませんね
登場人物
・イツキ・ハヤミ:HMSカシハラ航宙長、23歳、男
・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男
・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女
・アーディ・アルセ:帝国宇宙軍装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男
・ラウラ・セーデルバリ:同機関長、機関中佐、35歳、女
・マッティア:同第一副長/航行管制、中佐、36歳、男
・カルノー:アスグラム宙兵隊長、宙兵隊少佐、35歳、男
・オーサ・エクステット:宙兵隊上級兵曹長、25歳、女、接舷攻撃支援機小隊長
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6月11日 0800時──
シング=ポラスの星系内──。〝
既に5箇所を確保していたはずの
──いま思えば、〝選択肢の数〟よりも、こういった〝選択の局面〟をこそ増やすべきだったか……。
カシハラの
もっとも、彼らを追尾する
一方、エリン皇女殿下を乗せたカシハラを追う
アスグラムは、先行させていたカシハラの〝頭を押さえる〟軌道へと進み出るべく、加速・増速をした。
途中、1万キロの距離を
とりあえず、双方が十分な余力を残して相対位置を入れ替えることができたわけである。
6月11日 0800時
【
メインスクリーンに映る航宙巡航艦を凝視しつつ、装甲艦アスグラム艦長アーディ・アルセ大佐は、小窓画面の中のラウラ・セーデルバリ機関中佐に訊いた。
「──どうだ?」
アスグラムは
そんな彼に
『……中々全力で
その値は想定された値の中では最悪のものであった。メインスクリーン上の別の小窓──第三艦橋からマッティア中佐が小さく息を洩らて言う。
『思ったよりも速いな ──我が装甲艦並みじゃないか』
やはり情報部の懸念の通り、航宙軍は練習巡航艦の真の姿を欺瞞していた。だが仮面を剥いでしまえばやはり並以下の巡航艦でしかない。装甲艦の優位は動かしようがない。
「装甲艦との交戦は一応の想定だったのだろう」 アルセは艦橋付きの
「ハッ ──接舷隊は敵艦を捉えています。攻撃開始は定刻通り。「偽装機雷」の方も追尾できてます」
「よし」
アルセは報告に短く応じると、艦長席のシートに深く腰を据えた。
6月11日 0805時
【
皇女殿下の座乗を表す〝エリン第4皇女旗〟のはためく
綿密な観測と計算とで推定れたカシハラの進行針路の軸上に降ろされた航宙艇は、カシハラとの
また接舷航宙艇の切離しの前後では、数発の〝仕掛け〟──偽装された誘導機雷が
いま〝
「エクステット上級兵曹長── わかってはいると思うが、私情は禁物だぞ」
狭い接舷航宙機動艇内の指揮卓から、艇の外へと通じる
彼女はその声に振り返ると、接舷隊の指揮を執る宙兵隊少佐に肯いてみせた。微かに上気した表情は十分に抑制された
ピーア・エクステット兵曹は装甲艦アスグラム配属の接舷攻撃支援機
いまその航宙軍の
「──ピーア……あの
そうしていると離床1分前のアラームが鳴った。オーサはパイロットスーツのバイザーを下ろして表情を消すと、操縦桿を握り直した。
6月11日 0810時
【H.M.S.カシハラ /艦橋】
『全艦の気密扉およびハッチを閉鎖せよ──総員、戦闘配備発令、戦闘配備発令』
艦長のツナミ以下CIC要員が移動を終えたいま、艦橋の窓には装甲シャッタが降ろされ、各員が各自の席で戦闘宇宙服の身を固定している。
練習艦であるカシハラの艦橋は広く造られていたが、それでも息苦しさを感じさせられる時間に入りつつあった。
「やっぱり
航宙長席のイツキが副長席の前に立つミシマを見上げて言った。ミシマは艦橋正面の窓に降ろされた装甲シャッタの内側に映像が点るのを確認しつつ応える。
「軌道遷移に備えての慣性航宙中に接舷移乗を試みるのは定石だからね」
それから指令席のエリン皇女殿下をふと見遣る。
エリンは自ら定位置と定めた指令の席に収まると戦闘宇宙服をシートに固定している。ただ、ヘルメットは艦長のツナミや副長のミシマらに
そんな皇女が指令席から正面に顔を向けるの見て、艦橋の面々は密かに身を引き締める。それはミシマもまた同じであった。
「──なにか?」 目が合うと、そう訊かれた。
「いえ……」 ミシマは曖昧に答えた。
──なるほど…… 当に〝
ミシマならずともそんな想いに囚われてしまう、そんな横顔だった。……だが果たして〝勝利の女神〟なのか〝冥府の乙女〟なのか──。それは誰にもわかりはしない。
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