15 乗艦を許可します、皇女殿下──ようこそカシハラへ


登場人物

・タカユキ・ツナミ:宙兵78期 卒業席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男

・コトミ・シンジョウ:同席次6番、船務科、23歳、女、ツナミの幼馴染み

・ユウ・ミシマ:同席次1番、船務科船務長補、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同席次4番、航宙科航宙長補、23歳、男

・ユウイチ・マシバ:同席次8番、技術科技術長補、21歳、男、ハッカー

・シホ・アマハ:同席次3番、主計長補、26歳、女、姐御肌

・ヨウ・ミナミハラ:同席次17番、戦術科、24歳、男


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女

・ガブリロ・ブラム:

 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男


・メイリー・ジェンキンス:

 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、革命政治家の娘

・フレデリック・クレーク:

 シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男、自意識過剰


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6月6日 1155時

【カシハラ/ CIC】


「──えっ? それって本当なの⁉ そうなんだ……ん、わかった伝える……」

「なんだ、何か問題か?」


 救命艇ボートを収容した左舷格納庫からの連絡を戦闘指揮所CICで受けたコトミの不明瞭な応答に、ツナミは振り見やって訊き返した。少し神経質な口調になっている。


「あ、いえ──ミシマ准尉からです。救命艇ボートに同道するVIPあり──」 コトミが慌てて応える。「指揮権者たるツナミ准尉には格納庫まで来て欲しいとのことです……」



「……VIP?」


 ツナミは怪訝な表情かおでコトミを見返した。その〝指揮権者たる〟という持って回った言い回しも解せない。コトミが困ったような表情で答えた。


「その…… 帝国ミュローンの……皇女殿下だそうです……」


 CIC中が息をのんだ。ツナミも言葉を失い、心の内で目線を泳がせる。


 ──高貴な生まれの姫君がホントに乗艦してきた。こうなるとあれか……くだんのミュローン艦の指揮官は、きっと『仮面の男』に違いない……


 そんな埒もない思いに囚われる。──もうなるようになれ、だ。



6月6日 1200時

【カシハラ/ 左舷格納庫】


 左舷格納庫では、接舷を終えた救命艇ボート昇降口のハッチ前に直立姿勢のミシマがいた。──相変らず絵になる男だとツナミは思う。

 ミシマはツナミの姿を確認すると、ハッチ内へと何事か告げた。ほどなく一人の少女が、そのほっそりとした姿を現した。


 少女は貴族的な出で立ちなどでは全くなかったが、その毅然とした顔立ちはなるほど貴族的ミュローンだと、ツナミには思えた。

 そんな少女はツナミを見やると微笑みを浮かべる。


 ツナミは航宙軍式──右上腕を斜め前45度に出して肘を張らない挙手の敬礼で出迎えた。


「航宙軍練習艦カシハラへようこそ。指揮を預かる士官候補生准尉のタカユキ・ツナミであります」


 ハッチ前に並んで出迎えるミシマ、イツキ、マシバ、それに皇女殿下の出迎え対応のために呼んだ主計長補のシホ・アマハ准尉を含めた格納庫内の全員が頭中かしらなかの敬礼で出迎えた。この状況下で精一杯の礼式だ。


 少女──エリン皇女殿下は左胸に右手を添えて答礼した。そして少し戸惑うように、あたかも傍らに控えているかのように立つミシマに小さく訊く。


「乗艦の許可を願えばよいのでしょうか?」


 それでミシマがわずかに肯いたので、ツナミが引き取った。


「乗艦を許可します、皇女殿下──ようこそカシハラへ」



 その後の対応をシホ・アマハ准尉に任すと、アマハは恙無つつがなく皇女に先立ち特別公室へとエスコートしていった。ボートのハッチ前には、ミシマたち三人の候補生と、〝黒袖組〟のガブリロ・ブラムが残された。





 こうしてミュローン帝政連合の皇位継承権者エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンは、航宙軍練習艦カシハラに入った。


 一方、時を同じくして、右舷みぎげん桟橋からの搭乗橋ボーディング・ブリッジ接続されたつながった与圧室エアロックにもVIPの一行が到着している──。



6月6日 1200時

【カシハラ/ 右舷与圧室エアロック


「──ですから、いま艦長に代わり指揮を執っておりますツナミ候補生准尉が参りますので……」


 右舷の与圧室エアロックではちょっとした押し問答となっていた。


 砲雷長のクリハラに選抜された人員とで警護を固めに来たミナミハラは、そこでシング=ポラスの上院議員を名乗るフレデリック・クレークとの相手をすることとなり、その傍若無人の振る舞いに辟易させられる破目になった。


「候補生? だれか士官はいないのかね? それじゃ全く話にならん──すぐに艦長に連絡をつけたまへ。まったくもって失礼とは思わんのかね? こちらはクリュセ政府のジェンキンス首相のご息女で、私はシング=ポラスの上院議員でもあるんだ。本来なら栄誉礼で迎えられても──」


「クレーク議員……」 そんなクレーク議員を諭すようにメイリー・ジェンキンスは遮った。「──私も議員も公務で参ったのではありません。航宙軍の方もお困りになってます」


 まだ二十歳はたちにも満たない女学生にそう言われてしまい、さすがにクレークは黙るより他なかった。


 ミナミハラが助かりました、という表情かおでメイリーを見やると、彼女は居心地の悪そうな顔を小さく振って応えた。連れの褐色の肌をしたスタイル抜群の女性ナイスバディに視線を遣ると、彼女は肩を竦めてみせた。



 メイリーたち一行は4番連絡橋スポークから1番連絡橋への逃避行をどうにか無事に成し遂げていた。

 連絡橋スポークまで辿り着くとやはり父ジェンキンスの知名度ネームバリューは有難く、一行はすぐに中央宇宙港の大桟橋まで上げて貰うことができたのだが、そこで〝同類〟──クレーク邦議会議員の一行と同道することとなったのだった。


 クレーク議員の自意識の高さは過剰というレベルのもので、メイリーにとってこういう手合いが一番苦手だった。

 が、ともかく一刻も早く航宙軍の航宙艦に一行を収容してもらわなけれならない。またしても父の名を振りかざさねばならないことに内心で溜息を吐きつつ、彼女は議員と共に航宙軍練習艦カシハラに避難市民の収容の交渉のため出向いているという訳だった。


 いまこの場には、メイリーと議員の他、アンナマリー、議員の主治医のラシッド・シラ、同じく議員の友人で実業家のネイハム・レロー、それにフリージャーナリストを名乗るマシュー・バートレットの6人が艦長の代理という士官候補生の判断を待っていた。


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