第28話 作中:問題編終了
「女は怖いな、」
警部が口を滑らせると、クリスティーヌは少しむくれてみせた。対象である次女のガーベラはもう退出していて部屋には居ない。気配で察したものか、警部はすぐにフォローの言葉を継ぎ足した。
「いや、大きく括ったのは間違いだな、女性にも色々なタイプが居るわけだし、男性にしてもそうだ、性差で云々すべきではないな、うん。」
慌てて取り繕ったようなそのセリフに、クリスティーヌは吹き出してしまった。
「……おかしいかね?」
「ええ、とっても。」
くすくす笑いながら、照れ隠しで口をひん曲げている警部に答えた。
関係者全員の聞き取り調査が済んでもまだ、査問官もフリーエージェントのトレーサーも到着しなかった。査問官に至っては、クリスティーヌの居ることをこれ幸いとすっぽかすつもりではないかと思われた。担当予定のベテラン査問官は彼女のよく知る男性で、彼なら大いにあり得る話だ。
手持ち無沙汰なのか、警部は取調室としてお借りしている書斎で本棚の物色を始めた。大きな書斎には重厚なデスクと、本棚には魔導書や専門書の類いが揃っていた。
情報を探しているらしき警部に、クリスティーヌは補足で自身の知る事柄を述べる。この書斎はローザの夫が生前に使っていた部屋であることなどだ。
「ほとんどの本は亡くなった旦那さんの本だそうですわ、警部。彼女のものはその窓際の一角だけと聞いています。あまり本を読まない人だったから……」
窓辺へ移動する警部を目で追いながら、クリスティーヌは説明した。
「ふむ。小顔メソッド、美容の本ばかりだな。」
小顔メソッドというタイトルのその本ならばクリスティーヌも持っていた。なんでもフェイスシェイプが痩身には効果的だとか言って、顔痩せのためのエクササイズが何種類も載っている本だった。フルコースで行えば二時間は掛かりそうな美容ヨガ体操の本の背表紙も見える。
彼女専用の本棚には、周りの本棚とは明らかに異なる色彩が溢れている。ほとんどはダイエットや化粧法など美容の本だった。
「ああ、そうだわ、そうだったんだわ。」
突然にクリスティーヌは確信した。独り言を何度も繰り返し、室内をうろうろと歩き回るその姿を、ホワイ警部が怪訝そうに首をかしげて見ていた。
「警部、解りました、真相が。」
「なに? ロクな捜査もまだだと言うのに……断定するに充分なキーが関係者の証言内にすべて揃っていたと言うのかね?」
「ええ。その通りですわ、警部。そして、一番重要な鍵は、私が失念していたものです。ローザが神経質だという話は関係者の証言内でも度々言及されていましたけど、その度合いはむしろ病気の域だったという事実を警部はまだ知らされていません。」
「うむ、続けたまえ。」
「彼女の病的なまでの神経質は、自身でもどうにも出来ないほどだったのです。私は彼女からの相談事をグレイ氏との恋愛事だとばかりに思っていましたけど、本当は気質についての悩みだったんじゃないかしら。ひいては恋愛事に繋がる悩みだったとしても、きっとそう、意のままにならない自身のことを相談したかったんですわ。」
「ふむ。君が査問官の卵であることも承知していたろうし、探りを入れるような気持ちからだったかも知れんな。だが、鑑識からの報告もまだ上がっていないこの現場からは何も読み取れんよ、それでも解ったと自信が持てるのかね? 動かなかったゴーレムの謎も解けないままだが。」
「ゴーレムは、事件当夜のあの部屋にはローザ以外の誰の侵入もなかったことを裏付けていますわ。」
「うむ。だからこれは密室殺人なのだ。」
「いいえ、警部。ローザは被害者ではないということを告げているのですわ。」
ホワイ警部の混乱した思考を指し示すように、その視線は宙をさまよっていた。
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