第23話 作中:トレースの魔法
「ところで、昨夜と今朝の私の行動はお聞きにならないんですか? ああ、この魔法があるなら聞く必要もないですか、嘘は吐けないんだ。」
グレイが皮肉な物言いでそう聞いた時、警部は眉を潜めた。誤解があったからだ。
「いくら嘘を排除しようとも、証言を誤魔化すこと自体は幾らでも可能ですよ。だから昔からこの世界では物的証拠以外は信用しないことになっているんです。魔導院が死者の解析を行えば、関係者から聞くことの出来る類いのほとんどは知れてしまいますよ。」
今回においてはそれが相当日数で遅れることが予見されるために警部が出張ってきただけの話なのだ。今この場で数々の謎を解かねばならない必要性も、従って、ありはしなかった。後々明らかになる事柄だ。
尋問は証言を得るためではなく、査問官の魔法試験によって、関係者たちに掛けられた魔法の有無を調べることが主な目的である。犯罪の続行を危惧した、予防措置に近かった。
「当時の行動などの情報を提供して頂くのは、あくまでご協力頂くという形式ですよ。それでも煩雑な魔法回路を駆使して割り出すよりも早いですからね、扉に触れたか触れなかったかだけを割り出すのに何人もの技官が面つき合わせるわけですので。」
「今回の事件は長引くと、そうお考えなんですか?」
「ええ、まあ。」
不安を顔に上せたグレイに対しても、ホワイ警部は言葉を濁して明確な回答を避けるだけだった。部下の警官に伴われ、彼も退出した。
先の三人に続いてこのグレイにも特筆するべき魔法の痕跡は見られなかった。誰かの掛けた魔法によって事実と異なる証言を行った形跡はない。ホワイ警部は首をひねり、思案に耽っているようだった。
クリスティーヌは控えめに声を掛けた。思索を繰り広げているだろう警部の邪魔はしたくなかったのだが。
「あのぅ、警部。じきに解る事柄ですけど、関係者全員の昨夜の行動など私の拙い術でもよろしければ、解る範囲でお答えしましょうか?」
術者の使うトレースの魔法で関係者の行動は詳細に分かるのだ、通常はわざわざ証言を聞くことはなかった。術者は査問官が兼ねることも多かったので彼女の肩身は狭かった。トレースの方は自白魔法に比べて少々苦手で、技術者の認可を貰えていない。
「そうだな、そちらの術者はじきに来るはずなんだが、先に事情を仕入れておくのもいいかな。」
「はい、では。」
後から本職が来ると聞いて、いくぶん気分が楽になった。深呼吸をして、軽く瞼を閉じる。暗がりの中に浮かび上がるのは昨夜のこの館の様子だ。
自身が見える、城門のような玄関をくぐり、騒動を聞きつけて慌てて駆け出した。今朝は確かにそうだった、見えてきたのは玄関の続きのロビーで言い争う二人の女性の姿だ。一人の背後にはさらに二人の女性が腕組みで立っていた。四人は、女主人のローザとグレイの妻イザベラ、その後ろに居る二人が娘のリンダとガーベラだった。
二人を宥めている自分が見える、背後の娘たちは逆に煽っていた。この二人も窘めたのだった、そう言えば。落ち着かせて、全員で応接間へ移動した。それから、ローザの命令で魔法の掛かった食器が自分でやってきたのだった、お茶を淹れて。
グレイが駆け込んできた。そこでまた口論が始まって……なぜだかお開きになって、ローザが各自の部屋を宛がった。追い払うように。
しきりに疲れたと繰り返して、せいせいしたとその都度に晴れ晴れ言って、自室へ彼女も引き上げた。相談事はと聞き、明日にしてとあしらわれた自分が見えた。
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