出逢い… 4

 河原町で二人はバスを降た。

 そのまま人の流れに乗って、四条河原町阪急から階段を下って駅構内に入る。


「こっち」

「……うん」


 並んで歩くと、お互いちょっと肩の距離感がぎこちない。

 慣れてないから仕方ない、と思うことにした良樹と、“意識しちゃダメ”と、逆に変に意識してしまっている宏枝との、微妙な化学反応──いったい何の少女漫画なんだ、という空気……。



「(……あ)」


 不意のその小さな声に、良樹は隣の宏枝を見た。


 ──?


 目ざとくその駅貼りポスターに注意が向いた宏枝は、それで少し歩調が落ちて後に遅れていた。

 彼女の視線の先をみる。最近ネットの口コミで人気が広がっている作家、N.T.の新刊本の広告。


 ──打ち寄せる幾すじもの波が背景の、線の細いタッチで描かれた少女、その背中越しに見返した顔の泣き笑いするような切なげな表情が描かれた表紙絵、それを引き延ばしたポスター。


 母親が好きなレーベルだ。中でも“切ない系”の恋愛小説家のN.T.には、最近とくにハマってるみたいで、部屋にも数冊ある。良樹も活字に飢えたときには読んだりしていた。



 良樹は訊いてみた。


「N.T.……よく読むの?」


 宏枝は、少し駆け足になって良樹の隣に追い付いてきて応えた。


「はい」 良樹を見上げてくる。「よく読みます──。結構好きな作家」


 なるほど……。良樹は思った。彼女、文庫本なんかが似合いそうだ。


「宮崎……くんも、N.T.、読むんだ?」


 〝さん〟という呼び方と、〝読みますか?〟という敬語をのみ込んだふうで、何か少し期待するような調子で宏枝は訊いてくる。


「読むよ」


 正直に応えるのを気恥しく思う自分がいたりしたが、良樹は応えていた。


「ほんとに!?」


 ぱっと灯る表情。

 彼女が口の端が嬉しそうに上がったように感じた。



 そんなやり取りをして、改札を抜けて、エスカレータを下ってホームに降りる。

 チョコレート色の阪急の車両のシートに納まったときには、何か普通に会話ができるようになっているのに、良樹は軽く感動していた。

 いったん会話の糸口が繋がると、中里宏枝は屈託がなく、くるくるとよく変わる表情で、自然とうちとけた空気を作る。

 自分にないものを彼女の中に見つけて、良樹は羨望の溜息を飲み込んだ。


 ──こ-いうふうにはなれんなあ……。



 ベルが鳴りドアが閉まったタイミングで、良樹のポケットで携帯が震えた。


「あ、ちょっと待って──」 邦弘からだった。着信を切ってメールで打ち返す。『いま電車の中。』


 すぐにメールが返って来た。


『今ドコだ?』

『阪急で四条を出たとこ。』

『ハンキュウ!?!?説明しろ』

『悪い。ちょっと寄り道する。訳は後で。』 ほぼチャット状態のやり取り。『午後に二条城か映画村で合流しよう。』

『寄り道!?、、、須藤がお前が追い付くの待つってガンバッテル。須藤に直接ワケ説明しろ』

『メアド知らないよ。』


 ちょっと間があった。


『オマエらまだ交換シテないのか!?』

『してないよ。邦弘の方で説明しとい──』


 次の着信は、良樹が打ち終えるよりも早く来た。


『──てくれ。』


 タイミングが遅れて送信された先のメールに返信はなく、それきり携帯に着信がなくなった。

 時間差で着信したメールを開くと、11桁の番号だけ……。


『XXX-XXXX-XXXX』


 ──メアドどころかTEL番かよ……。



「…………」


 灯りの消えた画面を凝視して、良樹は息を吐いた。


 ……須藤、かぁ。


 内心で頭を抱える。

 須藤亜希子の、その竹を割ったような判りやすい性格を写し出す、勝気な黒い瞳を思い返した。

 いい加減なことや筋の通らないことは大きらい。

 そんな真っ直ぐさが、クラスの誰からも好かれる、頼りになる学級委員長──。


 しかるに、この状況……。

 我ながら、委員長を納得させられるとは思えない。


 ──神様、やはり僕は有罪になるんでしょうね?


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