出逢った後に

出逢った後に 1

 修学旅行という2年生で最大の学校行事を終えた翌日、そういう日でも学校という世界は普段と変わらぬ日常を繰り返していく。


 まだ浮ついている、または疲れの残る顔が並ぶ教室に最後のチャイムが鳴ると、気の抜けた授業の時間が終わった。

 清掃当番がおざなりに床ほうきを掛け終え、じゃんけんに負けた男子が裏手のごみ置き場からちりとりを手に戻ってきてロッカーに戻した。

 そそくさと帰っていく同級生たちをよそに、良樹と邦弘は教室に残り、開いた窓の外から聞こえてくる部活の声なんかを聴くでもなく聴いていた。梅雨に入る前の季節の風を感じる。



「──昨日は、悪かった」


 誰も居なくなるのを待って、良樹がやっと口を開いた。三列ほど離れた廊下側に座っている邦弘がゆっくりと良樹に向く。

 ため息の後、邦弘は云った。


「須藤が……、おまえのこと、見損なったって、言ってたぞ」

「委員長、怒ってたろ」


 良樹は情けない顔で邦弘を見返す。


「いや……」 むしろ淋しそうな顔だったけどな、とはなぜか言えず、邦弘は良樹の目を見て訊いた。「──話すか?」

「うん、話したい」


 良樹は邦弘の隣の机の上に腰掛けると、亜希子にした話をもう一度話し出した。



 話し終えた良樹が決まりを悪そうにして教室内に視線を投げているのを、邦弘は黙って見ている。


 亜希子から聞いてた話と同じ顛末で、その同道したという女生徒の名前は去年の修学旅行で事故に遭った女生徒の名前であること、さらに今年のA組にその名前の女生徒は居なかったことまでを良樹の口から告げられると、亜希子がウソをつかれたと受け取るのも、まあ詮方ないと思う。

 詮方ないと思うものの、良樹が苦し紛れのウソを言ったとは思っていない自分も、割と素直に邦弘は認めている。


「ウソは言ってないよ、おれ……」


 自信無げにそう云う良樹に、邦弘はうなずくと口を開いた。


「その〝中里さん〟のことだけどな……」


 邦弘の視界の中で、良樹の頭がこちらを向く。邦弘は声を顰めて続けた。


「──これはウチの檀家さんから聞いた話で、ほんとなら他人に話せるようなことじゃないんだけどな。……その中里宏枝さんは、去年の修学旅行中に交通事故に遭って、ずっと入院してると……」


 ちらと良樹の表情を窺ってから、言いにくそうに続ける。


「入院以来、ずっと昏睡状態が続いてて……それが昨日から急に容体が悪化して集中医療室入りしたそうだ」


「昏睡状態……?」


 良樹の脳裏に、彼女のくるくるとよく変わった表情が、いくつかの映像を伴って鮮やかに甦った。市バスの席で、阪急の車中で笑う彼女、母親の言葉に傷ついて泣き、表情を硬くする彼女、野宮神社でのおどけるような澄まし顔の彼女、それから少しはにかんで赤くなって笑う彼女──。


「病院……どこだって?」


 かすれた声で良樹が訊いた。

 一瞬ためらったものの邦弘は答えていた。


「……M坂上のN大I病院」


 聞くなり良樹は、机を蹴って教室から駆け出して行った。


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