出逢ってから 6

「新生児の取り違え、って解るかな? 病院でさ、生れたばかりの赤ん坊が、何かの間違いで入れ替わっちゃう、そんな事故──オレ、それだったらしい……」


 良樹にとって、これを他人に話すのは初めてだった。

 聞き手の方は良樹を向いて、ただ声を失っている。


「血液検査で、絶対に生まれない組み合わせでさ……。男親の方がね、病院に確認したんだ──」


 〝親父おやじ〟という呼び方は、やっぱり出来なかった。


「けどさ……、その病院からは……ま、そういうことじゃなきゃ困るんだろうけど、病院で取り違えなんて起こるはずない、の一点張りで……。そこでやめときゃよかったんだろけど──知りたかったのかな……食い下がって、言われた──オフクロが浮気したんじゃないか、って……」


 宏枝が小さく息を呑む。


「結局、それで両親は離婚した」 良樹はここで少し言葉を切った。



「──そうなっちゃうとさ、親戚からいろいろ言われるんだ……。オマエが生まれてきたから両親は離婚になったとか、やっぱり他所の子だから顔が似てない、とか……」


 脳裏に、いくつかの過去が甦る。

 良樹は案外と冷静に思い出せるもんだと、自分でも意外に思った。


「でも、オフクロはオレを育ててくれた。本当に辛かったのは、オフクロだったと、いま思うんだけどね」


 ベンチの方に顔を向けて宏枝をみた。彼女の真摯な瞳が、小さく揺れている。

 良樹はいま自分がどんな表情でいるか、知りたくないなと思った。



「で、さ……そんなわけで……。オレもあんまり、素直に笑えない」

「…………」


 宏枝が、小さく身を固くする。

 それから少し、二人は黙って、やがて硬さの残る静かな声で宏枝が訊いた。


「わたしも同じ……?」


 その表情が、揺れている。



 ああ、ごめん。結局土足で踏み込んじまったか……。

 キミを責めてるように聞こえたなら、そうじゃない。そんな資格なんて誰にもない……。


 良樹は視線を避けるようにいったん下ろした。

 我ながら、話の持って行き方が上手くないと思う。

 それでも、この想いは伝えたいと思う。

 だから、何とか伝わるよう、話を組み立て直す──


「オレ、クラスのヤツにこう言われたことがある」 須藤亜希子の真顔が浮かぶ。「自分を出さない、何考えてるのかわからないヤツだって」


 去年の秋だったか、下校の途中で自転車のチェーンが外れて困っている須藤を見かけ、チェーンを掛け直してやったことがあった。その時、お礼の言葉と一緒に、そんな人物評をもらった。わりとショックだったのを覚えてる。


「でさ、そういうのはよくないし、勿体ないって、そう言われた」


 そんなことを云った須藤の目が、真っ直ぐで、羨ましく思ったのも覚えてる。


 オレも、須藤みたいに上手く云えんもんかな……。

 自分のコミュニケーション能力がもどかしい。


「中里はさ、とてもいい笑い方ができると思うよ」


 結局、直球勝負を選んだ。だから、顔を上げて彼女の方を向く。


「少なくともオレは、さっきまでの中里の笑顔、好きだと思った。あんなふうに笑えたらって、そう思って、一緒に歩いてた」


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