出逢ってから 5

 昼時を回って人通りがないとはいえ、人目も憚らずに泣きじゃくっている女子高生に声をかけるのは、さすがに勇気がいる。まして顔立ちが幼く小柄な彼女は、へたをすると中学生くらいに見えなくもない。

 それでも、彼女が自分を待っていたことが解るから、良樹は黙って近づいて側に立った。

 彼女は面を伏せたまま、慌てて腕で泣き顔を隠すようにする。

 ぐずぐずとしていると、あの母親が出てきてしまう。いまは絶対に顔を合わせたくないだろうから、良樹はその片方の手を取って歩き出した。


 半ば以上強引だったが、宏枝は黙ってついてきた。

 土地勘のないところで、アタリなんてあるわけがなかったが、近くに見える団地の方に宏枝を引っ張っていく。

 たぶん在るだろうと思っていた児童向けの遊び場には、都合よく人影がなかった。

 建物の陰の側に見つけた木製のベンチに、とりあえず宏枝を座らせる。

 宏枝は小さく鼻をすすると、ゆっくりと面を上げて良樹を見上げた。

 小さく唇を噛む。


「ごめんね……。嫌な想い、させちゃって……」


 宏枝はゆっくり目を閉じて顔を伏せた。

 良樹は黙って、ただポケットからハンカチを差し出した。


 ──これはオフクロに感謝だな……。


 恥ずかしながら良樹がハンカチを持ち歩くようになったのは最近のことで、中学生くらいまでポケットに入れていた記憶がない。高校に入学した辺りで母に注意されて習慣を改めたのだ。

 おずおずと手を伸ばした宏枝に、ハンカチと一緒に彼女の忘れたリュックも手渡すと、良樹はベンチ脇に立つ木まで身体を移した。

 いま彼女の隣に腰を下ろすには、その距離感に自信が持てなかったから。

 それでそこで腕組みして、もたれるように木に身を預けて、静かに宏枝の様子を窺う。

 少し時間が経ち、彼女を含めた空気が落ち着いてきたように感じられ、初夏の団地の音が耳に心地よく入ってくる。

 正面を向いて視線を向けてこない宏枝に、良樹は心の中で深呼吸をして、静かに口を開いた──。



「あのさ……」


 どう切り出したものか、一瞬考える。

 結局上手くまとまらない……。


 ──話しながら考えるしかないか。


 そう心を決めると、良樹は次の言葉を探しながら、ゆっくりと話し出した。


「オレも一人親──母子家庭なんだ」


 数メートル先で彼女の気配が揺れるのを感じる。

 ──優しい戸惑いと、ささくれ立った警戒の色……。


「だから中里の気持ちが解るとか、一緒に泣いてあげられるなんて、そんなふうには思ってない。そんなことが、人の心に土足で踏み込む資格になんてならないってこと、解ってる……つもり」


 彼女の視線を感じる。


「だからこれはさ……オレの話を、ただ中里に聞いて欲しくて、話をするんだ……」


 昼下がりの団地からは、夏のはじまりの生活音しか聞こえてこない。彼女の声のないことを肯定と解釈して続ける。



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