出逢ってから 2

 それで良樹と宏枝の二人は、北野白梅町からの道すがら、大将軍南一条町とメモにあったその所在地までの14、5分を歩いている。


 途中、宏枝とはほとんど口をきかなかった。

 それまでの朗らかさはまるで消えてしまって、かわりに沈みがちな瞳の色と、合間合間の滲むような笑み──。

 良樹は、そんな笑みを知っている。


 ああ、そうだよな、やっぱり──。


 そして、そういう笑みの彼女に不安な気持ちになる……。


 君は、あんな風に他人と接することができるのに……。

 こういうのは、やっぱ仕方ないんだろーな……おれもそうだったわけで……。

 宏枝という少女には、そんな笑い方からは遠いものを感じていただけに、心が重くなる。


 良樹の胸に、痛みが甦ってきた。

 少し前までの自分──

 鏡の中に見つけた自分の暗い目が思い出される。


 でも……、そういうのって……、よくないんだ。


 それまでに感じていた彼女を、いま隣を歩く彼女から見つけられなくなって、距離を遠くに感じる。



 最悪……。


 同じ時間を宏枝は、時折ちらと良樹の顔を盗みやったりしながら、ぼんやりとそう思って歩いていた。


 昔から、こういう時の自分が嫌いだった……。


 ──自己嫌悪

 母が家を出てから、他人の自分を見る視線をいつも気にしていた。

 つとめて明るく振舞った。


 他人に好かれる笑い方を覚えて、朗らかな自分を必死で演じた。

 みんなに好かれるように、そうやって笑ってみせた。


 でも……。


 ふとしたとき、何かがきっかけで感情が溢れてしまうと、素の自分が顔を覗かせる──


 わたし何をやってるんだろう? 何がしたいんだろう?

 みんなはわたしに何を期待してるの? わたしは何をすればいいの? どうしたらいい……?


 わからない……。どうせわからない、わかってなんかもらえない。


 これに何の意味があるの? 意味なんて何もない……。


 わたしはめんどう? みんなめんどう。どうせみな何もかもめんどう……。


 何もかも放り出してしまう自分。

 それでも外面だけは取り繕う自分。


 ──いまだってそう……。


 おざなりに、形だけ笑みを浮かべてみせる自分。

 距離をおいて他人を寄せ付けない自分……。


 よそよそしい──

 硬い声の、他人を拒む自分。


 宮崎くん……。こんなわたしに付き合ってくれてる……どうして?


 一方的な自分──

 見て欲しくない、見ないで欲しい自分……。


 それでも一方では、そんなキライな自分を愛おしく思っている自分もいる……。

 自分だけが大切な、自分のキライな自分すら受け入れてくれる、他人を遠ざけて逃げ込む先のもう一人の自分と、そこに逃げ込む自分。


 それ全部、みんな、自分……



 サイテーだよ……。


 そうして泣きたくなる自分にすら、もう一人の自分が嗤う。


 そうねサイテー……白々しいよ。


 わたしの嫌いなわたしは、容赦がなくて、そしてそれでも優しい……。


 ──!


 瞬間、堪えられなくなって、面を上げた。

 目の前に、良樹の背中があった。

 震える身体の内側から、何かを絞り出したいような衝動が喉元まで上がってくる。


 宮崎くんっ──


 それが形になる前に、視界の中の良樹が振り向いて──



「ここだ」


 そう言う声が聞こえた。

 良樹が指差した先の表札には『守屋・中里』とあった。


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