123 金色の《龍》の刺繍 その1
少年従者用の絹の立派な衣に着替えた明珠は、
龍華国の第二皇子の従者として、それなりのものを身につけるよう季白に言われたためだが、死蔵してはもったいないと張宇に
明珠だって、いちおう年頃の娘だ。なめらかな絹の手ざわりは、いつもふれるだけでうっとりしてしまう。
何より、今日は初華と藍圭の婚礼なのだ。龍翔に贈ってもらった絹紐を身につけるなら、今日ほどふさわしい日はない。
「よしっ!」
きゅっ、と紐を結び、気合いを入れる。明珠に用意してもらった衣装は、淡い水色の龍華国風の絹の衣装だ。上位の裾や袖口には
とはいえ、今日の舞台には、初華と藍圭を筆頭に、差し添え人の龍翔や玲泉、来賓の雷炎など、
着替え終えた明珠は、季白達の部屋に通じる内扉に歩み寄り、扉を叩いて声をかける。
「すみません。大変お待たせいたしました。着替えが終わりました」
「ああ、こちらもちょうど終わったよ」
すぐに応じた張宇が、扉を開けてくれる。
隣室に足を踏み入れた途端、明珠は思わず歓声を上げた。
「ふわぁ……っ!」
部屋の中央に立っているのは龍翔だ。
濃い青色の地に金色の《龍》の刺繡が施され、金糸銀糸だけでなく、宝石まで縫いつけられた衣装は、今まで見た中で、一番立派で豪華だ。
口を閉じることも忘れて凛々しい姿に見惚れていると、龍翔がくすりと笑みをこぼした。
「どうした? 目も口も真ん丸になっているぞ」
「す、すみませんっ! あまりに龍翔が凛々しくて、まばゆいほどで……っ!」
あわてて詫びると、龍翔の笑みが甘さを増した。
「お前に手放しで褒められるのは
甘やかな笑みに、ぱくんと心臓が跳ねる。
力強い声を出したのは季白だ。
「龍翔様が凛々しくまばゆいのは当然でしょう!
感動に声を震わせる季白は、床に
そんな季白も今日は絹の立派な衣装を纏っている。季白だけではない。張宇や周康も立派ないでたちだ。張宇の腰には、いつもの『蟲封じの剣』が
龍翔がいつも以上にまぶしく感じるのは、立派な衣装に身を包んだ三人に囲まれているからかもしれない。残念ながら安理はこの場にいないが、遊撃隊として動くため、先に王城から出ているらしい。
が、龍翔が誰よりも輝いて見えるのは、やはり余人とは隔絶した美貌のためだろう。見惚れていると目が
と、明珠は季白が言っていた内容にようやく気づく。
「そういえば……。いつも、《龍》の刺繡は銀なのに、今日のお衣装では金色なんですね?」
「ああ。今日だけは特別だ」
明珠の問いに龍翔があっさり頷く。
「今回の『花降り婚』では、わたしは差し添え人であると同時に、皇帝陛下の
「き、金色の《龍》の刺繍というのは、すごいものなんですね……っ!」
驚きのあまり、ろくな言葉が出てこない。
いつも明珠を気遣ってくれる優しい龍翔だが、本当は、顔を見ることすら叶わぬ雲の上の御方なのだと、改めて思い知らされる。
自分などが龍翔に仕えられている幸運をあらためて噛みしめながら、端麗な姿に見惚れていると、不意に龍翔が甘やかに微笑んだ。
「お前もよく似合っているな」
「ふぇっ!?」
予想だにしない言葉に固まっていると、龍翔が歩み寄った龍翔が、よしよしと頭を撫でてくれる。と、秀麗な面輪が困ったようにしかめられた。
「だが……。男物を着ているというのに、このように愛らしすぎては……。娘であることがすぐにわかってしまうのではないかと、心配になる」
「あ、ああああい……っ!? そ、そんなことは絶対ありませんっ!」
ぶんぶんぶんぶんぶんっ! と千切れんばかりに首を横に振る。
「そもそも、私なんかを気にかける人なんてひとりもいませんよっ! みんな龍翔様や初華姫様、藍圭陛下に見惚れるに決まってます!」
いったい龍翔は何を言い出すのか。もしかして、明珠が緊張しているのを感じ取って、冗談で気をまぎらわそうとしてくれているのだろうか。
その心遣いは心からありがたいと思うものの。
「龍翔様の冗談は心臓に悪すぎますっ! 緊張が解けるどころか、余計にどきどきしちゃいます……っ!」
見惚れるほど立派で凛々しい龍翔に「愛らしい」と言われるなんて。
どきどきしすぎて、胸元を押さえていなければ心臓が飛び出してしまいそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます