121 奇跡のような目覚め
心身ともに熟睡できたという充足感を覚えながら、龍翔はゆっくりとまぶたを開けた。
途端、腕の中でふわりと
見下ろせば、腕の中で明珠がすよすよと健やかな寝息を立てていた。
愛しい少女が己の腕の中にいることに、得も言われぬ幸福を感じる。
夕べ、不調のあまりついこぼしてしまったものの、龍翔のとんでもないわがままに明珠が頷いてくれるなんて、夢にも思わなかった。
「破廉恥ですっ!」と目に涙を浮かべて軽蔑されるかと思いきや……。まさか、「はいっ!」と即答してくれるとは。
さすがの龍翔も、予想だにしていなかった。
反射的に叱ってしまったものの、続いて告げられた言葉は、明珠がどれほど龍翔を思いやってくれているのか目に見えるようで……。
たとえそれが、忠心から出ている言葉だとしても、龍翔の心をどれほど舞い上がらせたのか、きっと明珠当人は気づいていまい。
気づいていなくともよい。むしろ、気づいてしまえば、心優しい明珠のことだ。龍翔のためならばと、自分の意を曲げてでも無理をしそうで心配になる。明珠に負担をかけては、龍翔は自分で自分が許せなくなるだろう。
主人である立場を笠に着て明珠に無体な真似を行うことは決してすまいと、心に固く誓っていたというのに……。
明日の『花降り婚』を何としても無事に成就させねばならぬという使命感と、禁呪が強まっているやもしれぬという不安が、いつの間にか、己自身でも制御できぬほどに大きくなっていたらしい。
我ながら情けない限りだ。だが。
腕の中で眠る愛しい少女を抱きしめる腕に、わずかに力を込める。それだけで、自分の中に巣喰う禁呪が春の陽射しに照らされた雪のようにやわらいでゆくのを感じる。
幼い頃から命を狙われてきた龍翔は、ふだんからあまり眠りが深いほうではない。
禁呪をかけられてからはいっそう顕著になり、季白や張宇が隣室で警護についていてくれるとわかっていても、何かあった際には即座に対応できるよう完全に気を抜くことは
しかも、最近は眠るたびに自分が自分ではない何かに無理やり変えられるような悪夢を見ることが多く、寝てもろくに疲れが取れない状態が続いていたのだ。
だというのに、ただ明珠が己の腕の中にいるというだけで、悪夢を見ることもなく前後不覚に眠ってしまうとは。
自分で自分が信じられぬほどだ。
これほど安らいだ眠りを味わったのは、前に明珠と昼寝をした時以来だ。
この効果が明珠の解呪の特性ゆえなのか、それとも愛しい少女を腕の中におさめて眠りについたからなのか、龍翔にはわからない。
ただひとつ確かなことは、このぬくもりを決してそばから離せぬということだけだ。
「明珠」
あふれる愛しさのままに、呼気だけで愛しい少女の名を紡ぐ。
常の龍翔ならば、愛しい明珠を己の腕の中に抱いて何もせずに一晩を過ごすなど、至難の
しかし、夕べの龍翔はそれが杞憂だと断言できるほど、精根尽き果てていた。だというのに。
明珠を抱きしめて一夜眠った今朝は、自分でも驚くほどの英気に満ちあふれている。
いまならば、どんな苦難でも乗り越えられると確信できるほどに。
これが明珠のおかげかと思うと、愛しさと同時に感謝の気持ちが抑えきれない。
明珠を抱く腕にほんのわずかに力を込める。
まろやかなあたたかさに、心がほどけていく心地がする。少しでも龍翔の力になりたいと願ってくれているのだろう。寝ている間も龍玉をしっかり握りしめてくれていることに気づき、嬉しさがあふれてくる。
大切で愛しい、ただひとりの花。
明珠が自分の腕の中ですこやかに眠ってくれていることが、奇跡としか思えない。
窓の外は夜明けが迫っているのかうっすらと明るい。暑さを避けるため、『花降り婚』は早朝に執り行うことになっている。
そろそろ起きねばならないことは理性ではわかっているのだが、かぐわしいあたたかさを放したくなくて悩ましく吐息をこぼすと、呼気がくすぐったかったのか、んぅ、と明珠が不明瞭な声を上げた。
しまったと悔やむが、もう遅い。
明珠がうっすらとまぶたを開ける。
「りゅうしょう、さま……?」
寝ぼけているのだろう。あどけない声を洩らす明珠が愛しくて、
「おはよう、明珠」
龍翔は己の口元が柔らかに緩むのを感じた。
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