83 港にどんな御用なんですか? その3
「陛下。無実の者を罪に問うては、陛下の御名に傷がつきますぞ? 国王としての威を見せつけたいお気持ちはわからなくもありませんが、権力を振るう喜びに魅入られぬよう、どうぞ自戒くださいませ」
口調こそ
「わたしは権力を振るう喜びなどに囚われてはおらん! 『花降り婚』は、晟藍国にとって最優先事項。だというのに、準備をないがしろにしている理由を問いたいだけだ。それとも瀁淀。おぬしが代わりに釈明してくれるとでも?」
「もちろんでございます。陛下が望まれるのでしたら、わたくしがご説明いたしましょう」
藍圭の厳しいまなざしをものともせず、瀁淀が落ち着き払って頷く。力強い味方が現れ、杓が安堵したように大きく息をついた。
「陛下は先ほど、『花降り婚』が最優先事項とおっしゃられましたが……」
悠然とした態度を崩さぬまま、瀁淀が口を開く。
「それは国王としての強権を発し、真っ当な商人達の活動に
「っ! そんなわけがなかろう! いかに国王とはいえ、商人達に無体を働いてよいはずがない!」
瀁淀の問いかけに、間髪入れず藍圭が即答する。
「晟藍国は交易で栄える国。商人達を保護し、一定の規制は与えねばならんが、彼等の経済活動が鈍れば、それはそのまま国力の低下につながる。亡き父上からそう教えられたわたしが、商人達を
「滅相もございません! さすがは国王陛下でいらっしゃいます」
瀁淀が大仰な身振りで褒めそやすが、瀁淀が国王の地位を狙っていると知る明珠から見れば、白々しい言動にしか見えない。
と、瀁淀が表情を曇らせる。
「ですが、その商人たちの活躍が、『花降り婚』の準備が進まぬ状況を作り出しているのでございます」
「どういうことだ?」
藍圭がいぶかしげに眉をひそめる。瀁淀が苦い表情のまま、口を開いた。
「商人達は日頃から情報収集に余念がありません。早々に『花降り婚』のことを知ったようでございまして、婚礼の準備に入り用になると見込んだ結果、木材の買い占めが起こり、一気に価格が高騰いたしまして……。さらには、どういう事情か、
やれやれ、と言わんばかりに瀁淀が大きく息をつく。
「こうも木材の価格が高騰しては、当初、想定しておりました予算ではとても足りず……。かといって、金に糸目をつけず買いあさるわけにもまいりません。陛下のために、仕入れ値以下の額で売れと、商人達に命じるわけにもまいりませぬし、ご相談しようにも、陛下は晟都を出られる始末……」
思わせぶりにちらりと向けられた視線に、藍圭が唇を噛みしめて顔を伏せる。
身を守るためだったとはいえ、瀁淀が黒幕であるという証拠が何ひとつない現状では、晟都を留守にしたことを突かれると、何も言い返せないのだろう。
「陛下が造船所へ向かわれたと聞いてわたしも急ぎ参りましたが、ちょうどよい機会でございます。予算が足らぬことについて、陛下はどのようにお考えか、うかがってよいですかな?」
猫が
明珠も、龍翔から晟藍国は交易で豊かな国なのだと聞いている。だが、通常の数倍にも高騰している木材を、藍圭の一存だけで大量に買えるものなのだろうか。
しかし、庶民ではなく国王である藍圭の婚礼だ。生半可なもので済ませられぬということも理解できる。
唇を噛みしめてうつむく藍圭をはらはらしながら見守っていると。
「陛下。差し出がましい口を挟む許可をいただいてよろしいですか?」
藍圭のそばに立つ龍翔が、重苦しい空気を払うかのように凛とした声を出す。
耳に心地よく響く美声に、明珠は詰めていた息を吐き出して尊敬する主を見つめた。
「はい、ぜひともお願いいたします。わたしこそ
藍圭もまた、強張らせていた表情をわずかに緩めて龍翔を振り返る。許可を得た龍翔が、ゆったりと口を開いた。
「震雷国が木材の輸出量を減らしていると大臣殿が報告されていましたが……。震雷国にしてみれば、『花降り婚』により、晟藍国と龍華国の結びつきが強まるのは、喜ばしからぬ事態。『花降り婚』の準備に大量の木材が必要だと知ったうえで輸出量を減らしているのならば、すぐに回復することはないでしょう。こちらから震雷国の商人達に問い
龍翔の言葉に、藍圭の眉がきゅっと寄る。
「『花降り婚』によって、震雷国の不興を買う事態になるかもしれないと懸念しておりましたが、まさか、婚礼の準備の妨害をされるとは……」
少年らしい高く澄んだ藍圭の声は、だがひどく苦い。
「晟藍国は小国。大国である震雷国と事を構えるなど、とんでもありません。かといって、我が国の商人達との間に、
「では、予算を増やし、商人達から適正な値段で買うということでよろしいですかな?」
瀁淀が念を押すように問いかける。藍圭の面輪が苦渋に歪んだ。
「それしか方法がないのな――」
「お待ちください、陛下。わたしの話は、まだ終わっておりませぬ」
龍翔が静かな声音で藍圭の言葉を遮る。
「震雷国から木材が入らぬのならば、龍華国から買えばよいのです。龍華国は『花降り婚』の喜びに湧きたっております。龍華国は震雷国ほど、木材の輸出に力を入れているわけではありませんが、新たな販路が開けるとなれば、
瀁淀が泡を食って口を挟む。
「し、しかし、それでは震雷国との間に不和が起きてしまうではありませんか! 先ほど陛下が、震雷国との間に溝を作るわけにはいかぬと――」
「おや。交易の国、晟藍国の大臣ともあろう方が、間の抜けたことをおっしゃる」
龍翔が冷笑を閃かせる。秀麗な面輪を彩る研いだ刃のような笑みに、飲まれたように瀁淀が押し黙った。
「買いたい者がいるところに売れる物を持ってゆくのが、商いの基本。晟藍国で木材が不足していることは、遠からず龍華国の商人達にも伝わりましょう。その結果、龍華国から木材が入ってきても、それは商人達が勝手に動いた結果。藍圭陛下には何ひとつ
龍翔がちらりと瀁淀を見やる。
「龍華国から木材が入ってきては困る理由が、大臣殿にはおありですかな?」
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