80 どぉんな『おしおき』をされたのかなぁと思ってさ~♪ その1
「ねーねー、明順チャン♪」
「はい? あ、すみませんっ。つい景色に見とれていて……」
馬車の窓から晟都の街並みを眺めていた明珠は、あわててぴしりと座席に座り直した。
が、遅かったらしい。向かいに座る季白に厳しいまなざしで睨みつけられ、心の中で「ひいぃぃっ」と悲鳴を上げる。
いま明珠達がいるのは、晟藍国の王宮へと向かう馬車の中だ。
龍翔は藍圭達と一緒に、先頭を走る貴人用の立派な馬車に乗っているので、この馬車にいるのは明珠と季白、張宇と安理の四人だけだ。
明珠を庇って怪我をしていなければ、ここに周康もいたはずなのに……。と、つきんと胸が痛くなる。
「えっと、何でしょうか?」
ここで周康の名を出せば、張宇達に気を遣わせてしまうだけだろうと、明珠は胸の痛みを追い払うように顔を上げて安理を見やる。
「えー、ナニって……」
とびっきり楽しい悪戯を思いついたと言いたげに、安理がにやりと唇を吊り上げる。
「夕べ、龍翔サマにどぉんな『おしおき』をされたのかなぁと思ってさ~♪」
「っ!?」
途端、明珠は瞬時に顔が熱くなるのを感じる。ぼんっ、と首から上が爆発したのではないかと不安になったほどだ。
「『おしおき』? 何です、それは?」
夕べのことを知らぬらしい季白が、
「夕べ、龍翔サマが湯浴みでいらっしゃらない隙に、玲泉サマが明順チャンをたぶらかしに来たんでね? あっ、モチロンこの優秀なオレが防いで、玲泉サマにはお帰りいただいたっスよ? ただ、今後のこともあるんで……。龍翔サマに、『おしおき』して明順チャンにしっかり危険性を教え込んどいてください! ってお願いしたんスよ~♪」
にやにやと楽しげに笑いながら、
「あっ、別に他のコトもお教えいただいてかまわないっスよ? って
と続けてとんでもないことを呟くが、明珠は聞くどころではない。
「明順っ! あなたはまったく……っ!」
「ひいぃぃぃっ! すみませんっ!」
切れ長の目を吊り上げた季白に鬼の形相で睨みつけられ、明珠はぷるぷると震えながら頭を下げて謝罪する。
「あのでもっ、龍翔様にお教えいただいて、玲泉様と決して二人で会ってはいけないことは、重々承知いたしましたからっ! 今後は決して、龍翔様のいらっしゃらないところで、玲泉様にお会いしたりしませんっ! そもそも、御用もありませんし!」
夕べ、龍翔に告げた内容を、季白達にも宣言する。
「うんうん。明順チャンは、それくらい警戒心を持っといたほうがいいだろーね~。龍翔サマの心の安寧のためにも♪ で?」
安理が楽しくて仕方がないと言いたげに唇を吊り上げ、明珠を覗きこむように身を乗り出す。
「さっきから顔が真っ赤だケド、いったい、どんな『おしおき』で、玲泉サマの危険さを教えてもらったのかなぁ~?」
「っ!? そ、そそそそそれは……っ!」
思わず、ぎゅっと目を固くつむり、両手で顔を隠す。顔が燃えているように熱い。
恥ずかしすぎて、とてもではないが顔を上げていられない。
夕べのくちづけの記憶が甦りそうになり、明珠はうつむいたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「ひ、ひひひひ秘密ですっ! すみませんっ、言えません……っ!」
明珠の言葉に、季白が鋭く息を飲む。
「言えない秘密のこと……っ!? つまり、秘め事ですねっ!? ああっ、ついに……っ!」
「季白サーン。ぜぇーったいソレ、先走りすぎだと思うっスよ~?」
「姫様の、お仕事……?」
「いやあの明順、そうじゃなくて……」
「ほら。明順チャン、明らかにぽかーんとしてるっスから~」
きょとん、と呟くと、張宇がなぜかうろたえた声を出し、安理が呆れた様子で呟いた。
「何か、初華姫様に関りがあることなんですか……?」
そろそろと顔から両手を放しながら問うと、三人ともに「はあぁぁぁっ」と特大の溜息をつかれた。
「まったく……っ! いったい、いつになったら……っ!」
ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえそうな様子で季白に睨みつけられ、明珠は今日何度目になるかわからぬ悲鳴を上げる。
「まーまーっ、季白サン。こんなの、予想通りじゃないっスか~♪ まぁ、オレもちょーっと期待しなくもなかったっスけど……」
「俺は龍翔様が安理の挑発に
安理がけらけらと笑いながら季白の肩を叩き、張宇がほっとしたように大きく息をつく。
と、すぐさま安理が唇をとがらせた。
「えーっ!? ちょっと張宇サン! その言い方だと、まるでオレが龍翔サマに悪いコトをしたみたいじゃないっスか~!」
「当たらずとも遠からずだろう。だが……」
張宇が
「夕べはお前のおかげで助かったからな。それについては礼を言う。俺も、玲泉様が相手の時は、一分の隙も無いよう警戒しなくては。明順も、夕べは俺の力不足のせいで、守ってやれなくてすまなかった」
大柄な体を折り畳むように頭を下げられ、うろたえる。
「ええっ!? あのっ、謝らないでください! 張宇さんにはいつもご迷惑ばかりおかけしているのに……っ。それに、昨日のことを言うなら、扉を開けたのは私が勝手にしたことですし……っ」
おろおろと、隣に座る張宇の腕を掴んで揺するが、張宇は顔を上げようとしない。
「明順!? あなた、自分から扉を開けたんですかっ!? なんと
「ひいぃっ! すみませんっ!」
代わりに、ぎんっ! と鬼の形相で季白に睨みつけられ、思わず張宇の腕を掴んで震えあがる。
「季白。そう明順ばかり怒るな。玲泉様の甘言に惑わされて、開けるのを強く止められなかった俺も同罪なんだから」
なだめるように明珠の手の甲をぽふぽふと撫でながら、張宇が季白から庇ってくれる。張宇の言葉に、季白が仕方なさそうに吐息した。
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