54 こぉんなオモシロイことから除け者になんかしませんって! その3
「なんという
季白が切れ長の目を吊り上げる。
「わたしは絶対に御免ですよっ! 毎日、心配のし過ぎで胃がねじ切れてしまいますっ! 明珠に利点がないとは言いませんが、それよりも龍翔様の不利益になることのほうが多いに決まっています!」
「あら。わたくしは明珠が寵姫だなんて、素敵だと思いますわよ?」
華やいだ声を上げ、初華が両手を打ち合わせる。
「確かに、明珠の身分では政治的な後ろ盾にはなりませんけれども、下手に身分があるほうが、かえって政敵に警戒され、余計な企みを引き起こしかねませんもの。それならば、いっそ身分などないほうが、不要な詮索をされないかもしれませんわ」
うふふ、と初華が楽しげに微笑む。
「宮中でのお兄様は、政敵に囲まれていつも気を張っておいでですもの。明珠ならきっと、お兄様のお心を解きほぐしてくれるに違いありませんわ」
「初華姫様がおっしゃる通り、明珠ならば龍翔様の癒しとなってくれるでしょうが……」
張宇は考え考え、口を開く。
それは龍翔も同じだろう。明珠を従者としてから、龍翔は柔らかな表情を見せることが多くなったと思う。
もともと従者達にも細やかな心配りをする龍翔だが、政敵に囲まれて過ごす宮中では、隙を見せまいと常に気を張っていた。
張宇や梅宇達と茶菓を楽しむことはあっても、龍翔から菓子を求められたことはない。少なくとも、龍翔から菓子を買ってこいと命じられたのは、明珠へ食べさせるためのものが初めてだ。
……単に、甘味好きの張宇が、龍翔が求めるより先に、山ほど菓子を買ってくるせいかもしれないが。
己の願い求める大願へと常に
いかに名剣であろうと、
そうならぬためにこそ、季白や張宇、安理がいるのだが……。張宇達では、龍翔の支えにはなっても、癒しにはなれぬ。
龍翔の心をほぐすという一点において、明珠ほど
「俺には、龍翔様が明珠を泣かせるようなことをなさるとは、とても思えぬのですが……」
「は? もちろん泣くに決まっているではありませんか!」
「おいっ!?」
決然と言い切った季白に、思わず眉を跳ね上げる。季白がぐっ! と拳を握りしめた。
「龍翔様からのご寵愛をいただいて、感涙にむせび泣かぬなどありえませんっ! 光栄さと感動のあまり気を失っても、今回ばかりは仕方ないでしょう!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
「ぶっひゃっひゃっひゃ! さっすが季白サン! ブレないっスね~っ♪ いや~、季白サンなら感涙して昇天しそうっスけどね? 張宇サンが言いたいのはそうじゃなくて……」
爆笑して口を開いた安理に、そうだそうだと同意する。
男女の
と、安理がからかい混じりの笑みをひらめかせる。
「アレでしょ? 張宇サンが言いたいのは、イイ声で鳴くってゆ――」
「違うっ!」
叩き斬るように安理の言葉を遮り、脳裏に浮かびかけた光景を打ち払う。
安理と季白に毒されるわけにはいかない。
季白は主が絡んだ瞬間、盲信的になるし、安理は自分の楽しさしか追及しないし……。初華だっているのだ。ここは自分がしっかりしなくては。
「安理、お前な。そんなことを龍翔様の前で言ってみろ。叩っ斬られるぞ?」
雨に打たれながら賊の捜索をしていた時以上の疲労を、不意にどっと感じ、思わず深いため息がこぼれ出る。安理がきしし、と笑った。
「張宇サンってば、いろいろと心配事が尽きないみたいっスね~。せっかくなんスから、めいいっぱい楽しんじゃえばいーんスよ♪ こぉんなオモシロイ龍翔サマなんて、滅多にみられないんスから♪」
「俺は主をからかって遊ぶような悪趣味は持ってない」
この上なく楽しげに告げる安理を一刀両断する。
「ひどっ! 悪趣味だなんてひどいっスよ~っ! オレはただ、滅多とない好機を心の底から楽しんでるだけなのにっ! ……ねぇ、初華姫サマ?」
安理が唇をとがらせて抗議するが、口調とは裏腹に、目は楽しげに笑っている。
急に振られた初華が小さく吐息した。
「……安理。あなた、そのうちお兄様に舌を抜かれても知らなくてよ?」
「ヤダなぁ~。そんなヘマしないっスよ~♪ ちゃあんとギリギリのところでやめるっスから♪」
「お前は……。本気で龍翔様に斬られかけても庇わんぞ、俺は」
「ええ~っ、張宇サンってば~。……でも、そう言っときながら。いざというときは助けてくれるんでしょ? 期待してるっスよ♪」
「助けてほしかったら、まずは己の言動を改めろ」
すげなく答えつつ、だが安理の言う通り、いざとなったらつい庇ってしまうのだろうなと、諦めとともに思う。
だが、頼むから心臓に悪い言動はもう少し慎んでほしい。
張宇の心からの願いを知ってか知らずか、「でもまぁ♪」と、安理がぱんと両手を打ち合わせる。
「季白サンが心配するのもわかるっスけど、少なくともこの旅の間は明珠チャンは「明順」でいないといけないっスからね~。思い悩むのは、晟藍国でのごたごたを片づけて、王都に戻ってからでもいーんじゃないっスか? オレ達じゃどーにもならないコトを思い悩むより、目の前のことを一個ずつ片づけていきましょーよ♪」
安理にしては珍しくまともなことを言ったと張宇が感心した瞬間。
「とりあえず、今んところの最大の楽しみは明日の朝っスよねっ! いや~っ、龍翔サマと明珠チャンがどんな反応をするのか、今から楽しみっス~♪」
「安理、ほんとお前は……」
主をからかう気満々の安理の台詞に頭痛を覚え、張宇はもう一度深く嘆息した。
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