44 言葉が雷と化して己を撃つ その2
「馬鹿も休み休み言え!」
気がついた時には、握りしめた拳を思い切り卓に叩きつけていた。
「ふざけるなっ! そのようなこと許せるわけが――っ」
「冗談などではございません。わたしは、本気でございます」
激昂する龍翔とは対照的に、小憎らしいほど泰然と、玲泉が反論する。
「明順は、家族を除けばわたしがふれても平気なただ一人の女人。彼女を逃せば、次に見つかる保証はどこにもありません。であるならば、何としても明順を得たいと願うのは、当然のことでございましょう」
「で、ですが……」
驚愕のあまり、息を飲んで凍りついていた初華が、体勢を立て直そうとするかのように、声を上げる。
「明順は
初華の反論など、予想していたと言わんばかりに、玲泉が悠然と頷いた。
「わたしが認めさせますよ。明順の身分など、関係ございません。そもそも、何とかしてわたしに妻を娶らせようと、何百人もの娘を試させた両親ですよ? ただ一人として
「その物言いでは、まるで明順は子を
胸を
重く鈍い音が響き、部屋の空気が
龍翔とて皇族だ。貴族の婚姻に当人達の意思など無関係――むしろ、家同士の結びつきを強め、権力を求める貴族の結婚では、
しかし、理解しているのと受け入れられるかどうかは、まったくの別物だ。
何より、穏やかな市井でつつましやかに暮らしてきた明順を、権力争いの道具に使うなど、言語道断だ。
隠そうという気すら湧かず、露わに放つ龍翔の怒気に、紫電を纏ったかのように、空気が緊張を
だが、玲泉は刃では断ち切れぬ薫風のように、華やかに微笑んでみせた。
「とんでもないことでございます。龍翔殿下は誤解をしていらっしゃる。わたしが明順を欲するのは、もちろん、明順がわたしがふれることができる娘だからですが、それだけではございません。わたし自身も、明順を非常に気に入っているからです」
「
玲泉が端正な面輪にあでやかな笑みを浮かべた。
「人を好ましいと思うのに、時間の有無はさほど重要ではございませんでしょう? 龍翔殿下がおっしゃる通り、確かに明順と言葉を交わした機会はわずかですが、その短い時間でも、明順が
それに、と玲泉がからかうような笑みを閃かせる。
「共にいた時間だけが情愛を深めるというのでしたら、恐れながら初華姫様はどうなるのです? 初華姫様と
「わたくしは確かに藍圭様をお慕い申しあげておりますわ! ですが、わたくしとあなたでは、そもそも前提条件が違うではありませんか! 藍圭様が『花降り婚』を求めて龍華国へいらっしゃるとわかった時から、わたくしは藍圭様が未来の夫となられる方だとわかっておりましたもの!」
龍翔が反論するより早く、初華が愛らしい面輪を険しくしかめ、玲泉を睨みつける。
「胸に手を当てて、今までの己の行状を振り返ってみられたらいかがです? 浮名ばかり流しているあなたが急に明順を求めたとて、素直に信じられるわけがないでしょう!?」
「おやおや、これは手厳しい」
初華の糾弾に、王城一の遊び人の名をほしいままにする玲泉が、困ったように苦笑する。
「残念ながら、過去を変えることはできませぬ。が、ようやく伴侶にしたい女人と出逢えたのです。初華姫様がわたしを信じられぬとおっしゃるのなら、今後は身を慎み、明順に
さらりと玲泉がとんでもないことを言う。が、頷けるわけがない。
差し添え人である玲泉に供の一人もいない状態にするわけにはいかぬし、ここで身元の知れぬ者を船内に入れる危険は冒せない。
龍翔と初華の反応を確かめるような玲泉の表情からは、どこまで本気で提案しているのか読めなかった。
初華が形良い眉をきゅっと寄せる。
「生半可なことでわたくしの心が変わると思わないでいただける? わたしく、大切な友人がみずみず不幸になるのを、手をこまねいて傍観する気はありませんの」
「不幸になどさせませんよ。むしろ、他の名家に嫁ぐより、よほど良いとおもいますがね」
ちらり、と玲泉が龍翔に思わせぶりな視線を送る。
「平民が貴族に嫁ぐとなれば、いいところ愛妾どまりでございましょう? 妾が多ければ多いほど、妻達の争いも苛烈になると聞き及んでおります。が、ことわたしに関しては、左様なことは起りえません。そもそも、妾を持つこともできぬ身ですから。わたしに嫁げば、正妻として遇しますよ」
玲泉の宣言に、龍翔も初華も思わず息を飲む。
名家である
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます