36 思惑だらけのお茶会です!? その1
「うわぁ~っ!」
薄暗い廊下から広い甲板に出た途端、目を射る明るい陽光とさわやかな川風に、明珠は思わず歓声を上げた。
「確かに、初華が言う通り、今日は船室に閉じこもっていてはもったいないほどの晴天だな」
明珠のすぐ前に立つ龍翔の衣に
「明順、甲板には手すりがないが大丈夫か? 今日は風がある分、揺れるだろう? 手をつなぐか?」
明珠を振り返った龍翔が
「このくらいの揺れなら大丈夫です! 廊下を歩いている時も平気でしたし……。というか! 季白さんがすごい目で
季白の鋭い視線で、そのうち針山のようになるのではないかと思う。
「明順の言う通りです! 初華姫や侍女達もいるのですから、
季白が切れ長の目を細めて、龍翔に苦言する。
「冗談だ。さすがに船室の外ではせぬ」
苦笑した龍翔が歩を進め、後ろに付き従う明珠や季白、張宇と安理も後に続く。ちなみに船に弱い周康は今日も船室で休んでいる。
甲板の
「お天気もいいですから、今日は従者達も連れて甲板でお茶をいたしましょう。もちろん、明順も連れてきてくださいましね」
という初華の誘いが侍女によってもたらされたのは、朝一番のことだ。
初華が龍翔の船室へ明珠とのおしゃべりに来るようになってすでに三日が過ぎたが、龍翔の船室の外へ誘われたのは初めてのことだ。
この三日間、初華は毎日、龍翔の船室にやって来て、そこで侍女を帰しては、数刻を龍翔と……というより、明珠とおしゃべりをして帰っていく。
最初の内は緊張で胃がどうにかなりそうだったが、ようやく、少しは慣れてきた気がする。
とはいえ、いまだ初華姫ににっこり微笑みかけられると、どきどきと心臓が跳ねてしまうのだが。
初華とちゃんと会話できるか心配していた明珠だが、龍翔や張宇が話題を出して助けてくれることもあり、ちゃんと会話が成り立っている。
明珠に十一歳の順雪という弟がいることを知ってからは、順雪のことを聞かれることが多く、明珠としても最愛の順雪のことなら、いくらでも話すことがあるので、自戒しなければ逆に話し過ぎてしまうほどだ。
初華が興味深そうに、にこにこと笑顔で聞いてくれるからというのもあるだろう。
逆に初華が話してくれる王城での華やかな暮らしぶりは、明珠にはおとぎ話を聞いている気持ちになる。
何を聞いても感心してばかりの明珠だが、初華には反応が初々しくて楽しいらしい。すっかりお気に入りだ。
張宇が出発前に調べてきたという、
「明順! 晟藍国へ着いたら一緒に食べましょうね!」
と約束したほどだ。
いつもは侍女を供にして龍翔の船室に来ても、初華だけが残るのだが、今日は甲板なので、初華の後ろには五人の侍女が控えている。
初華が自分と同じ年頃の侍女がいないと寂しがっていた通り、侍女達はみな三十歳は越えていそうだ。とはいえ、華やかな王城で務めていた侍女らしく、全員が品のよい装いをしている。
「……龍翔様、どうかなさったんですか……?」
初華の侍女達を見た龍翔が小さく吐息した気配を感じて、明珠はおずおずと尋ねた。
今朝、初華の侍女が甲板へ誘った時から、龍翔は妙に苦い顔をしていた。
季白も同様で、
「明順を船室から呼び出すなど……! どこで
と、船室を出る直前まで、ぶちぶちと呟き、
「いいですか、明順! あなたは初華姫様から聞かれたことに答える以外、余計な口を叩くんじゃありませんよっ!」
と、今にも角を生やしそうな恐ろしい形相で釘を刺された。
口に出しては言わないが、龍翔もきっと同じように思っているのだろう。
「や、やっぱり、いくら初華姫様のお誘いとはいえ、私が船室なら出るなんてよくないですよね……! す、すみませんっ! 今すぐ船室に戻ります……!」
自分が龍翔の憂いの原因になっているなんて、それだけで泣きたくなる。
回れ右して駆けだそうとした明珠は、力強い手に腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
「きゃっ!?」
とさり、とよろめいた拍子に薫ったのは、かぎなれた香の匂いだ。
「どうした、明順? 急に走り出そうとするなど」
明珠を抱きとめた龍翔の耳に心地よく響く声が、すぐそばで聞こえる。
「だ、だって……。私が甲板に出てみたいなんて言ったせいで、龍翔様が不機嫌に……」
あわあわと答えると、小さくこぼれたため息が明珠の耳をくすぐった。
「違う。不機嫌なのは決してお前のせいではない。お前に不安を抱かせてしまうなど……。まだまだ未熟者だな、わたしは」
「そんなことありません! 龍翔様はいつもご立派で素敵で……!」
苦い響きを帯びた声に、思わず尊敬する主を振り仰ぐ。
と、思った以上に秀麗な面輪が近くにあって、ばくりと心臓が跳ねた。
「す、すみませんっ!」
あわてて龍翔から離れ、真っ直ぐ立つと、くしゃりと頭を
「明順。お前は何も気にすることはない。何があろうと、お前を毒牙にかけさせたりはせぬ」
「はぁ……? ありがとう、ございます……?」
よくわからぬまま礼を言うと、安理が後ろで「ぶぷー!」と吹き出す声が聞こえた。
もう一度、明珠の髪を撫でた龍翔が前に向き直り、歩き出す。明珠もあわてて後ろに従った。
「すまぬ、初華。待たせたか?」
円卓の前まで来た龍翔を、立ち上がって迎えた初華は、兄の問いに笑顔でかぶりを振った。
「いいえ。天幕を張る準備などもありましたから、わたくしも先ほど来たばかりですわ。どうぞお気になさらず」
「しかし」
と、龍翔が形良い眉を寄せる。
「初華。明順を人目に
兄の苦言に、初華は甘えるように小首をかしげる。
「ですが、せっかくの川旅なのですもの。明順だけこの心地よさを
「それはそうだが……」
「どう? 明順。甲板からの眺めは。今日はお天気もよいし、風も心地よいでしょう?」
初華に笑顔で問われ、明珠は首がちぎれんばかりにこくこく頷く。
「は、はいっ! 景色はすっごく綺麗ですし、川風も爽やかで……。私などまでお誘いいただき、ありがとうございますっ!」
腰を折りたたむように頭を下げた明珠に、初華がころころと喉を震わせる。
「明順が喜んでくれたのなら、わたくしも嬉しいわ。あなたが好みそうなお菓子をたくさん用意したのよ」
初華の言葉通り、広い卓の上には、さまざまな菓子や軽食が並んでいる。明珠の隣では、甘党の張宇が目をきらきらと輝かせていた。
「さあ、おかけになって」
初華が白くたおやかな手で、卓に座るように促す。
丸い卓の周りには、六脚の椅子が置かれていた。が、初華側で卓についているのは、初華一人だけだ。
「椅子が多すぎるのではないか?」
龍翔が黒曜石の瞳を細める。龍翔に季白、張宇、安理、そして明珠でちょうど五人だが……。明珠などが初華や龍翔と同じ卓につけるはずがない。
龍翔の疑問に、初華があっさりと答えた。
「あら。招いたのはこちらですもの。季白や張宇を立たせておくのは申し訳ないでしょう? 明順は、わたくしの隣ね」
にこやかに席を指定され、明珠は思わず「えええぇぇ~っ!?」とすっとんきょうな叫びを上げた。
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