33 ちゃあんと説明してくださいますわよね? その2


「そんな! お兄様が禁呪を使う術師にお命を狙われたなんて……っ」


 初華が青い顔でかすれた悲鳴を上げる。


 明珠達は季白達の船室の大きな卓を囲んでいた。

 龍翔の対面に座る初華は、兄の説明にひどく衝撃を受けたらしい。気づかわしげに妹を見やった龍翔が、重々しく頷く。


「命に別状はなかったが、わたし自身、禁呪にくわしいわけではない。そのため、数日の間、蚕家さんけに身を寄せていたのだが、そこでも襲撃に遭ってな……。その際に、運悪く巻き込まれたのが明順……いや、明珠なのだ」


「蚕家の……。それで、『蟲語』を話せるのですね」

 初華が納得したように頷く。


「まあ、術師ではなく、見習いの卵なのだがな」

 明珠の戸惑いを読んだかのように、明珠の隣に座った龍翔が補足する。


 卓に着く寸前、

「余計なことを一言でも言ってごらんなさい! 借金を倍増しますからね!」

 と季白に釘を刺されたため、明珠はずっと唇を引き結んだままだ。


 初華に話した内容から察するに、どうやら龍翔は己に禁呪がかけられていることは、初華に告げるつもりはないらしい。


 乾晶への途上で術師に襲われたこと、その際に明珠が巻き込まれてしまったため、明珠も術師に狙われる可能性があること、そして明珠を術師の魔の手から守るため、少年従者に化けさせて手近においているのだと……。


 明珠が感心するくらい、龍翔は理路整然と初華に説明していく。


 一通り話を聞き終えた途端、初華が愛らしい顔をしかめて明珠を見た。


「禁呪使いに狙われるなんて……。さぞかし怖いことでしょうね。かわいそうに」


 明珠はちらりと季白を確認する。

 小さく頷いた季白が発言を許可するが……。「くれぐれも余計なことは言うな!」と無言の視線の圧が、恐ろしいことこの上ない。


 見目麗しい初華に答えるのだと思うと、それだけで緊張するというのに。

 明珠は初華に向き直るとゆっくりと首を横に振った。


「怖くないと言えばうそになりますけれど……。私などより、龍翔様の御身に何かあったらと思うと、その方が怖いです!」


 明珠は無意識に服の上から守り袋を握りしめる。

 乾晶で空を埋め尽くすかと思うほどの《刀翅蟲とうしちゅう》を見た時の恐怖はなかなか消えない。


「それに、龍翔様が守ってくださいますし、張宇さんや季白さん達だっていらっしゃいますから……」


「明珠は優しいのね。確かに、お兄様が守ってらっしゃるなら安心だわ。張宇達も頼りになるもの」


 初華がにっこりと微笑む。

 あでやかな笑顔を目の前にすると、それだけで何だかどきまぎしてしまう。


「……明順チャン。なんで女のコ同士なのに、初華姫に話しかけられたら、そんなに顔を赤くするワケ?」


 明珠の様子を見ていた安理が、「ぶぷっ」と吹き出す。


「えっ、だって……」

 へにょ、と眉を下げて、明珠は己の両頬を両手ではさんだ。顔が熱いのが自分でもわかる。


「初華姫は、今まで見たことがないくらいお綺麗で華やかで……。おそばにいらっしゃるだけで眼福というか、緊張しちゃうっていうか……。とにかく、どきどきしちゃうんです!」


「ぶぷ――っ!」

 明珠の返事を聞いた途端、安理が再び吹き出す。


「ちょっ!? なんで初華姫サマなのさ! どきどきするなら隣の御方でしょ!」


「え……っ」


 安理の言葉に、明珠は思わず右隣の龍翔を振り返る。龍翔は不機嫌そうに眉を寄せていた。

 余計なことを言って龍翔の機嫌をそこねてしまったのかと、明珠はあわてて唇を引き結ぶ。


 ころころと軽やかに転がったのは楽しげな初華の笑い声だ。


「たとえ女の子とわかっても、明順の可愛らしさは変わらないわね。お兄様が気に入られるのも納得だわ」


「あのー、初華姫サマ。後学のために一つおうかがいしたいんスけど……」


 軽く挙手して安理が口を開く。


「初華姫サマは、どの時点で明順チャンが女の子かもって気づいたんスか? 梅宇サンといい、初華姫サマといい、こぉーんなあっさりバレるなんて、場合によっては、何か対策を立てないとダメっスよね」


 安理の言葉に、全員の視線が初華に集中する。


「確かに。こうもあっさりと正体がバレてしまうなど、今後は明順を人目にふれるところには出さず、部屋に閉じ込めておくべきかもしれません」


 淡々と大真面目に告げる季白の言葉に、明珠は震えあがる。

 初華姫にバレてしまったせいで、後で減給を言い渡されたらどうしよう。


「季白。明順をおびえさせるな」


 龍翔が形良い眉をひそめて季白をたしなめる。が、視線は初華に向けられたままだ。


「初華、わたしからも頼む。明順の正体が暴かれて危険にさらされるような事態を引き起こしたくないのだ。同性のお前の目から見て、いたらぬところがあるのなら、教えてほしい」


 龍翔が真摯しんしな声音で初華に頼む。


「でも、明順チャンに抱きついたってことは、抱きつくまでは確信が持てなかったってワケっスよね? 玲泉サマだって、明順チャンを男の子だと思ってるから、興味津々なんでしょーし」


 安理の言葉に、初華がこらえきれないとばかりに吹き出す。


「そういえば、玲泉様は明順にいたくご執心ね。お気持ちは、わたくしもわかりますけれど。でも、明順の真実を知られたら、玲泉様はいったいどんなお顔をなさるのかしら? ぜひ見てみたいわ!」


「あの、初華姫様。間違っても……」


 張宇がためらいがちに口をはさむ。初華は表情を真面目なものにあらためると、こっくりと頷いた。


「もちろんですわ。決して他言などいたしません。明順の安全のみならず、お兄様の外聞にも関わってまいりますから」


 初華の言葉に、明珠は肝が冷えるのを感じる。

 バレたのが初華だからよかったものの、もし万が一、龍翔の政敵に明珠のことがバレたら一大事だ。


 明珠だけが罰せられるのならばよい。だが、敵は必ず龍翔の名誉をおとしめようと、事実無根の醜聞しゅうぶんをまき散らすだろう。


「ですが、玲泉様は明順の真実には、なかなか気づかれないと思いますわ」


「何か根拠がおありなのですか?」

 言い切った初華に、季白が驚いて尋ねる。


「だって……」

 初華の唇が、兄によく似た悪戯いたずらっぽい笑みを刻む。


「あの方、男性しか目に入れられないでしょう? まあ、職務上、必要とあれば女性とも言葉を交わしますけれど……。欠片も興味がないのが丸わかりですもの。体質のこともありますから、女性にふれることは絶対にありませんし。比較対象をお持ちではないから、明順が少女だとは、なかなか気づかれないと思いますわ」


「なるほど……」

 季白が納得したように頷く。


「明順は見た目は少年らしく変装しておりますし。ですが……」


「どうなさいました?」

 張宇が穏やかに続きをうながす。


 初華はどこかとがめるようなまなざしで正面の兄を見上げた。


「明順の正体を隠したいのでしたら、気をつけるべきは明順自身ではなく、お兄様ですわ」

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