11 甘く香る柔肌に――。
「あ……っ」
長椅子に押し倒した明珠が、甘い悲鳴をあえかにこぼす。
龍翔の手のひらの下で、薄物に包まれたまろやかな身体が、
片膝を乗せた長椅子が、龍翔の重みに、ぎ、と
明珠に覆いかぶさるように身を乗り出した龍翔の下で、明珠が戸惑ったように龍翔を見上げようとする。
鎖骨どころか、胸近くまであらわな、白く無防備なその首筋に。
――衝動に突き動かされるまま、唇を落とす。
誰にも許したことのない白い素肌に、己のしるしをつけたいと、願うままに思い切り吸いつき。
「ひゃあんっ!」
これまでにない大きな嬌声が、龍翔の欲望をさらに刺激する。
びくり、と大きく震えた身体を、明珠の手に指先を絡め、長椅子に縫いとめる。
自分の下で息づく、甘くかぐわしい柔らかさ。
絹の布地がふれあう音が、さらに龍翔の思考を掻き乱す。
己が刻みつけた紅い花びらに舌を這わせただけで、歓喜に背筋が震える。
ふれるたび、明珠の唇からこぼれ出る甘い音色が、龍翔の理性をほどいていく。
もっと、もっとと。
この腕の中の蜜を、思うさま味わい、飲み干してしまいたいと――。
蕾が開いたかのように、蜜の声をこぼす唇にくちづけようとして。
「や、ん……っ! りゅうしょう、さま……っ」
明珠のまなじりから、つう、とひとすじの涙がこぼれる。
未知の感覚に怯え、揺れる瞳に戸惑いと――それでも龍翔への信頼を込めたまなざしを見た途端。
「っ!」
心臓を、不可視の刃で貫かれる。
氷の海に叩き込まれたように、一瞬で全身が粟立つ。
――今、自分は、衝動に突き動かされるまま、大切な少女に何をしようとした?
今すぐ自分自身を
何も知らずに媚薬に惑わされた娘を毒牙にかけようとするなど、最低だ。自分で自分を叩っ斬ってやりたい。
だが、冷や水を浴びせかけられた精神とは裏腹に、火をつけられた身体が、欲望を主張している。
相反する願いに、心と身体がばらばらに引き裂かれそうだ。
明珠を傷つけるくらいなら、この身など、二つに引き裂かれてしまえばよいと、本気で思う。
意志の力を総動員して、明珠から己を引きはがす。
「んん……っ」
鼓膜を揺らす甘い響きに
ずるり、とへたりこむように椅子から下りて床へ座り込み。
何事かと、身を起そうとする明珠を制するように、左手を差し出して。
「――《
ふわり、と舞った眠気を誘う鱗粉に、明珠の潤んだ瞳が、すぐさまとろんと焦点を失う。
仰向けに横たわった明珠から健やかな寝息が聞こえてから、ようやく、龍翔は詰めていた息を吐き出した。
精魂尽き果て、長椅子に乱暴に背を預けると、その拍子に明珠の右手が長椅子からずり落ちた。
あわてて身を正し、大きく息をついた拍子に、気づく。
香炉から立ち昇る煙の中に、ほんのわずかに混ざる、絡みつくように甘いこの匂いは……。
「くそっ! 《
立ち上がって手近にあった茶器を掴むと、中身を香炉へぶちまける。じゅっ、という音とともに、火の消えた香炉から、白い煙が立ち昇った。
明珠の蜜の香気に惑わされて、香炉に《媚蟲》の鱗粉が混ぜられていることに気づかなかったなど……どれほど己が浮かれていたのか、思い知らされる。
だが、《媚蟲》の鱗粉など無くとも、龍翔が冷静でいられたとは思えない。
龍翔は長椅子で健やかな寝息を立てる少女を見やる。
薄物に包まれたしどけなく無防備な肢体。ふだんと違い、うなじまで出した細い首筋を彩るのは、龍翔自身がつけた、ひとひらの紅い花びら。
深い呼吸を繰り返すたび、白い柔肌がなまめかしく上下する。
龍翔は自身の帯に手をかけた。しゅす……、と衣擦れの音とともに帯を解き、上衣を脱ぐ。
今ですら、ふとした拍子に
ぱさり、と明珠の上に上衣をかけてやる。
本当は寝台へと連れて行ってやりたいが、今、明珠を抱き上げれば、ふたたび理性の
だからと言って、他の者を呼んで、これほど無防備な明珠の姿見せる気などない。
と、明珠の右手が長椅子からずり落ちているのに気づく。
戻してやろうと、龍翔は長椅子の前に屈むと、明珠の手を取った。
貴族の子女とは違う、少し荒れた手。
けれども、細い指先は、龍翔が力をこめれば折れてしまいそうで。
先ほどは無理矢理つかんで痛い思いをさせなかっただろうかと、心配になってためつすがめつしてしまう。
細い指先に己の指を絡め、甘く香る柔肌にくちづけを落とし。
「……度し難いな、わたしは」
先ほど、己を律そうとしたばかりなのに。
明珠にふれた途端、春の雪のように
「《眠蟲よ。わたしの元へも来い。もう一度、蜜の香りに惑わされる前に……》」
苦く呟いた龍翔の声に呼応して、《眠蟲》が大きな羽をはばたかせる。
押し寄せる眠気に逆らうことなく、龍翔はゆっくりと目を閉じた。
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