4 では、試してみるか? その2


「は、はい……」

 明珠はこくんと頷く。


 いまさらだが、なぜこんなことを聞いたのかと、後悔するほど、恥ずかしい。

 心臓がばくばくと、兎のように跳ねて暴れている。


「なんで?」

「ふぇっ⁉」


 きょとんと安理に首をかしげられ、明珠はすっとんきょうな声を上げる。

 一瞬、からかわれているのかと思ったが、安理は心底、不思議そうだ。


「だって、くちづけなんて、唇と唇をくっつけるだけじゃん。長くできないって、ごめん、正直イミがわかんないんだけど?」


「そ、それは……」

 何と言えば安理に伝わるのかと、明珠はあせる。


「そ、そのっ、とにかく緊張しちゃって、つい息を止めちゃうんですっ。それで、《気》が出てこないって、龍翔様に言われて……っ」


「えーっ、でも長いって言ったってさ。せいぜい十か二十か数えるくらいの間でしょ? 短いんじゃ……?」


「私には十分すぎるほど長いですっ!」

 安理の言葉を、拳を握って否定する。


「だ、だって、どんどん顔が熱くなるし、心臓は壊れそうなくらいばくばく言うし、なんだか変な声は出そうになるし、頭は真っ白になって何も考えられなくなるし……っ! わーっ、て叫んで逃げ出したくなるんですっ‼」


 うっすらと涙を浮かべて言い募ると、安理が再び、「ぶぷ―――っ‼」と吹き出した。


「ちょっ、待って! これで手を出しかねてる龍翔サマって……っ! ダメだ、ウケる……っ‼ 腹がちょー痛い……っ‼」


 ぶっくくくく……っ! と笑い転げる安理は、目尻に涙さえ浮かべている。


「いやーっ、ほんっと大事にしてるんだな~。これで、まだって……っ! ぶくくくくっ! いやもー、明順チャンってばサイコ――っ!」


 けらけらと笑っていた安理が、不意に顔を上げる。


「いやー、ホント残念だな~。龍翔サマさえいなけりゃあ、オレがモノにして、手取り足取り、じーっくり楽しませてもらうとこなんだけどなー♪」


 安理の目が、ほんのわずかに細くなる。

 たったそれだけで、黒い瞳に射抜かれた気がして、明珠はびくりと肩を震わせた。


 まるで品定めするようなこの眼差しには、覚えがある。

 安理と初めて会った日。乾晶けんしょうの総督官邸で、厨房ちゅうぼうへお茶をもらいにいった帰りだ。


「安理、さん……?」


 安理が発する空気にひるみ、思わず一歩下がる。と、とすんと背中が壁に当たった。


「ちょーっとつまみ食いするくらいなら、どうっかな~? うん、明順チャンの悩みも、解決するかもだしね~♪」


「えっ⁉ 解決するんですか⁉」

 思わず聞き返すと、安理が笑みを深くした。が、唇は笑みの形を刻んでいるのに、目だけが笑っていない。


「あ、そこで食いつくんだ? いや~、ホント、龍翔サマは果報者だねっ♪ うんうん、解決するよ~?」


 ごくごく軽い口調で、安理が請け負う。


「もーっと先を知っちゃえばいいんだよ~♪ そうすれば、くちづけくらい、へっちゃらへっちゃら♪」


「もっと……?」

 呟いた瞬間、龍翔との『鍛錬』が思い出されて、頭が爆発しそうになる。


「いえっ、その……っ」


 とっさにぶんぶんと振ろうとした右手を、はっしと安理の左手に掴まれた。

 ぐいっ、と安理が一歩近づき、そのまま、右手を壁に縫いとめられる。


「だいじょーぶだいじょーぶ。ちゃあんと優しくしてあげるから♪ ま、犬にでも噛まれたと思って……」


「あ、あの……っ⁉」


 わけのわからぬ明珠のおとがいを安理の右手が掴む。くいっ、と上を向かされた視界の中、人の悪そうな笑みが間近に迫り――、



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