第34話 女になっていくアリッサ4 「服を縫う女事件」後半

「ないなら作る」はわたしの母、高山菊江の座右の銘。昔、高山家が貧乏をしていた頃、わたしや姉がほしがる物を、母は買わずに作ってくれました。不器用な母が作る、ちょっぴり不細工な手作り作品。うれし恥ずかし母の思い出。


さて、今回は「服を縫う女事件」の続き。



44歳にして、コスプレデビューを果たし、数々のコスプレイベントに参加。あげくの果てには初のコスプレコンテストに臨むことを決意したアリッサ。


アリッサが参加したのは、わたしたち家族の住むカリフォルニア州トーランス市で開催されたSuper Dimension Convention。これは日本のアニメ、「マクロス」に焦点を置いた、マクロスファンの、マクロスファンによる、マクロスファンのためのコアなアニメイベント。アリッサは「シェリル・ノーム」というキャラに変身することを決めました。


完璧主義者のアリッサ。シェリルになりきるためのコスチュームやアクセサリーをすべて揃えたものの、肝心のドレスがどうしても手にはいらない。そこで辿り付いた解決策:「ないなら作る」。



アリッサが「ドレスを作る」宣言をしたとき、わたしは鼓舞激励しました。我が家にはミシンもあるし、コスト削減になるし、「高山菊江に続け!」の素晴らしいアイデアだと思いました。


ところがどっこい、そうは問屋が下ろさない。アリッサが取った行動は、わたしに内緒で、娘たちが通っていた裁縫教室のりか先生にコンタクトを取り、りか先生にドレス作りの手伝いを依頼したこと。



「『パパからテキストがきて、ドレスを一緒に作ってほしい』ってお願いされましたけど」とりか先生からのテキスト。りか先生が最後にアリッサに会ったのは、カミングアウト以前。アリッサがまだパパだった頃のこと。



アリッサに「トランスジェンダーのこと、説明したの?」と聞くと「まだしてないけど、どうしよう?」とアリッサ。



「どうしようじゃないでしょ! 娘たちの気持ちも考えないでまた勝手なことして」と思いました。


この時期の娘たちは、アリッサのトランジションを受け入れ、応援してはいるものの、「できるなら自分の周囲の人たちには知らせたくない」。「知られたら恥ずかしい」というのが正直な気持ち。


アリッサの無神経さに、一瞬イラッとしたもの、カミングアウトから2年たち、わたしの肝はすっかり座っていました。


娘たちに承諾を得た後、りか先生にはわたしから事情をきちんと説明。


「だいじょうぶですよ、なんとなく気付いてましたから」とりか先生の優しいお言葉。



「やっぱり気付いてたんだ。まあ、これで一件落着」。


と、思いきや、それだけで事は終わらなかった。



コスチュームコンテストで競われるのは衣装だけじゃない。衣装以上に舞台でのパフォーマンスがものを言うのです。普段から内気で大人しいアリッサが次に出た行動は、娘たちのダンスの先生に連絡を取り、マクロスの挿入歌に合わせた振り付けの指導を依頼すること。



裁縫のりか先生とまったく同じパターン。ダンスのみゆき先生だって、アリッサのカミングアウトのことまったく知らない。みゆき先生はアリッサに一度も会った事すらないのに。


もう破れかぶれ。またまた娘たちの承諾を得て、ダンスのみゆき先生にも事情を説明。みゆき先生も 快く引き受けてくださり、お忙しいスケジュールの合間を縫って丁寧に指導してくださいました。



こうして臨んだ初のコスプレコスチュームコンテスト。入賞には至らなかったものの、アリッサは初舞台で堂々とつややかにシェリルになりきることができました。


「コスプレって、衣装だけじゃなく、キャラの気持ちになりきれるのが魅力。舞台役者と同じよね」とアリッサ。はい、よかった、よかった。よかったね。



服を縫う女事件。このストーリーでわたしが学んだ事。


1、コスプレはお金がかかる


2、コスプレコンテストに参加するのはもっとお金がかかる(衣装代プラス、先生がたへのお礼)


3、「ないなら作る」は時としてお金がかかる


4、娘たちは案外、アリッサのカミングアウトに対してオープンになりつつあるのかもしれない(「同世代のお友達に知られるのは恥ずかしい。けど、まわりの大人し知られるのはまあ、いっか」みたいな。


5、アリッサは能天気。


6、彼女にとってやはり、「約束は破るためにあるもの」。だって、カミングアウトしたときの約束、「無駄遣いしません」。すっかり忘れてるし。


次回はシリーズ第4弾、「チケットをねだる女事件」。カミングアウト約1年後の暗黒時代のお話です。

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