第32話 Another side ラピス&エム

 静かな夜の森の奥で、ラピスは一人月を見上げていた。黄金に輝く満月の光は暖かで優しく、傷ついたラピスの心を癒してくれる。彼が一人心地よい静寂に身を委ねて眠りにつこうとしたそのとき、何者かの気配を感じて振り向いた。


「月を見上げる君の姿はとても美しいね」


 そこにいたのは、悪戯な笑みを浮かべた紅い髪の青年。


「なんでお前がここにいる」


 その姿を見て、ラピスはうんざりした表情で問いかける。


「そりゃ、君を追いかけてきたからだけれど?」

「なぜ追いかけてきた」

「なぜって、君と一緒に行きたいと思ったからだよ」


 その瞬間、キラリと何かが光ったのが見えた。とっさにエムが飛び退くと、エムがいた場所に鋭い爪が振り下ろされる。長い爪を隠さぬままギラリと目を光らせて、ラピスはエムを睨みつけた。


「この姿を見て、お前はまだ俺を美しいと思えるか?」


 けれど、おぞましい化け物の姿を晒したラピスを見ても、エムはにっこり微笑むばかりだった。


「美しいよ」


 それを聞いて、ラピスの冷たい眼差しが揺れる。


「嘘だ」

「嘘じゃないさ。君は美しい。君一人で傷ついて罪を背負おうとする孤高の姿が、私は好きだよ。好きだけど、いただけないなあ! 私たちはいつまでも助け合っていくと約束したはずだろう?」


 エムの無邪気な笑顔に、ラピスは戸惑いそっぽを向いた。


「覚えてない」


 素直じゃないラピスの反応など見通していたエムは、素早く彼に近づいて横に立つと、親しげな仕草でその肩を抱く。


「じゃあ、思い出させてあげよう! あれは私たちがまだ幼かった頃、上手く盗みを働けなかったラピスは私とフレディの前でわんわん泣いて……」

「そんな話は思い出したくない!」

「ええー? 泣いているラピスは美しいから大好きなのだけどね。良かったら今ここで泣いてみてくれないか」

「断る!」


 まるで幼い頃のように賑やかな言い合いをして、ラピスはやれやれと首を振った。


「全く、お前といると調子が狂う」

「そうかい? 私は君といるととても楽しいよ!」

「それは良かったな」


 冷たく返事をするラピスに、エムは首をかしげる。ラピスの目の前に立って、いぶかしげに問いかけた。


「君は? もしかして、こんなに美しい私と一緒にいられることが嬉しくないとでも言うのかい?」


 無邪気な瞳を向けられたラピスはうっと悲鳴をあげる。思い返せば、昔から彼はエムの真っ直ぐな眼差しに弱かった。


 事あるごとに美しいというところが鬱陶しくはあるが、エムは嫌なやつではないし足手まといにもなったりしない。頭の中でエムを連れていくことへの合理的な理由をいくつも考えて自分に言い訳をしてから、ラピスはエムの目を見ないで小さく呟いた。


「お前がそうしたいんだったら、付いてきてもいいぞ」

「本当かい! それは嬉しいな! 二人ならきっと楽しい旅路になるだろう。たくさん美しいものを見て、たくさんの思い出をつくろうじゃないか!」

「遊びに行くんじゃないんだぞ!?」

「分かっているよ、ルビーを救わなければならないことくらい。彼女は私にとっても妹みたいなものだから、全力を持って探し出してみせよう」


 キリッと決め顔で告げるエムの姿に、ラピスは頭痛を覚え始める。


「さあ、まずはどちらへ向かうんだい? あっちか、こっちか、そっちか、そっち……って、うわ!?」


 行き先を指さそうとくるくる回っていたエムが突然悲鳴をあげた。何事かとラピスが駆け寄ると、エムの足元に白い腕が見える。


「死体か……?」

「今、思いっきり蹴ってしまったよ!? こんなところに死体なんて……。せめてちゃんと埋葬してやらなければ」


 エムがそこに転がっていた死体と思われるものを抱きかかえた。それはショートボブの女性で、二人は眉をひそめる。かわいそうに、と思った次の瞬間、その死体らしき女性がガバッと起き上がった。


「ダメだ! その商品は扱いが難しい、素人が触れば取り返しのつか、ないことに……な、るぞ……ぐー」


 大きな声で叫んだかと思うと、またパタリと気を失う。いや、眠りに落ちたというのが正しいところか。それを見た二人は顔を見合わせる。


「死体……ではなさそうだね」

「ただの人間ならその辺に捨てておけ」

「いやいや、こんな森の中に女性を捨てていったら、今は生きていても後々死体になってしまうよ!」

「俺たちのような化け物が人間と関わってもロクなことになるはずない」

「だからって見捨てていいことにはならないだろう!」


 しばし二人はバチバチと視線を交わして無言の戦いを繰り広げた。それはしばらくの間続いたが、やがて片方が折れる。折れたのはラピスの方だった。


「わかった。どこか野宿に適した場所を探そう。そこで彼女が目覚めるのを待つ」

「賛成だよ。やっぱり君はとても優しいね!」

「うるさい、さっさと行くぞ」

「え、私は女性を抱えているんだよ? もう少しスピードを抑えてくれないとはぐれてしまうのだが」

「知らん」

「酷いね!?」


 ラピスは冷たく言い放ち、常人離れした速さで駆け出す。その後をエムは慌てて追いかけるのだった。


 二人の旅は、まだ始まったばかり。

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