第30話 Another side マリアン

 マリアンは眠り続ける間、アドニスがまだ生きていた頃の夢を見た。


 アドニスはマリアンがまだ幼い頃に亡くなったので、彼はアドニスをあまり覚えてはいない。ただ、とても優しい人だったことは覚えていた。アドニスの周りにいると、それだけでみんな幸せになれたのだ。アドニスが生きていたあの頃は、父も母も姉二人も、みんないつも笑っていた。誰もが一番小さかったマリアンを見てくれたし、可愛がって育ててくれていた。


 この日々が一生続けばいいのに、と思っていたけれど、アドニスの死後全ては変わってしまった。家族は誰もマリアンを見なくなった。アドニスの話ばかりして、もういないアドニスのことだけを見ている家族のことが、マリアンは大嫌いだった。



※※※



 目が覚めたとき、マリアンの側にはフレディがいた。自分が真っ白なベッドの上に寝かされているのを見て、彼は少し驚く。きっと城の地下牢にでも送られているんじゃないか、と覚悟していたからだ。だが、自分の寝ていたベッドは清潔で、部屋の様子から見ても普通の王立病院にいるらしい、とわかった。


 フレディはマリアンが目覚めたのを見て即座に抱きつく。あまりに強く抱きしめられて、マリアンは困り顔でやんわりとその腕を解いた。


「フレディ」

「マリアン、目覚めて良かった……!」

「心配かけてごめんな」


 マリアンは涙目のフレディを見て、マリアンは彼の涙を見るのは初めてかもしれない、と思う。フレディはいつだって辛い境遇にいたのに、一度だって泣かない人だった。



※※※



 マリアンにとって初めて出会った同じ年頃の子供はフレディだ。正確には、『実験対象ではない同年代の子供』と出会ったのが、だが。


 組織の幹部になって地下牢の管理を任された当時10歳程度のマリアンは、絶望しうなだれる捕虜たちに紛れて一人、真っ直ぐに自分を見つめてくる少年を見つけたのだ。その眼差しがあまりに真っ直ぐで、マリアンはその少年に興味を持った。


 話しかければ、彼は物怖じせずマリアンにずけずけとものを言ってきた。彼はマリアンの行いを非難し、道徳や倫理を説いたのだ。バカみたいな話だ、と思いながらも、マリアンはそれを聞くのが嫌ではなかった。


 どうして自分がフレディを好きなのか、マリアンはずっと分からなかった。でも、自分を見ない家族に違和感を覚えるうちに、その理由が分かってしまった。


 フレディは、マリアンをマリアンとして見てくれるただ一人の人間だったのだ。彼にとって自分は息子でも弟でもない。彼にとってマリアンはマリアンでしかなかった。それが、とんでもなく嬉しかった。


 フレディはマリアン以外の人間にもそんな態度だったから、度々マリアンの姉たちに折檻を受けていた。組織のためにフレディを殺すことは出来ないらしかったが、死ぬ寸前までぼろぼろにされることはよくあった。そんな時、マリアンはその傷を肩代わりしてあげたい、と強く思ったものだ。その願いは、ある日突然叶ってしまった。


 その日もぼろぼろにされたフレディの体を、マリアンは鉄格子越しに撫でた。いつものように、肩代わりしてあげたいと願いながら。すると突然マリアンの体から緑色の光が溢れて、フレディを包み込んだ。その瞬間、マリアンは全身が強い痛みに襲われて気を失う。それが、彼が固有魔法に目覚めた時だった。


 それからマリアンとフレディはずっと鉄格子越しの親友として支え合った。いつか組織から逃れることを夢見て、マリアンは組織の幹部として、そして反逆者として働き続けた。


 その頃からずっと分かっていたことだ。組織から自由になっても、自分は罰を受けるべき人間だということ。自分がしてきたことは、フレディの大切な仲間を破壊することだったのだから。



※※※



 だから、病院に迎えがきた時も、マリアンは驚かなかった。王の使者たちが、王の裁きを受けるべく王城に参上せよ、と告げる。フレディは首を振っていたが、マリアンは微笑んで頷いた。


「行くな、マリアン」


 そんなフレディに、マリアンは笑う。


「大丈夫だよ。俺は大丈夫だから」


 使者の一人がマリアンの腕を拘束した。フレディがついて来ようとするが、別の使者に阻まれる。


「マリアン!」


 叫ぶフレディに、マリアンは心からの気持ちを込めて、呟いた。


「ありがとう」


 フレディはマリアンがいなくなった後も、ずっと彼の名前を呼び続けていた。

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