第20話 愛しき迷い子たち

 扉の向こうで私たちを待ち受けていたものは、罠などではなかった。罠だった方がまだ良かったかもしれない。組織の長の執務室で、彼らは私達を待ち受けていたのだ。


「やあ、待っていたよ。お客人」


 目の前には革製の豪華な椅子が置いてある。そこに、一人の男が座っていた。その周りには三人の女が侍っている。三人の女は一人だけ年齢が高かったが、三人ともよく似た顔をしていた。黒い髪に、少し眠たげな瞳。マリアンにもよく似ていた。


「……!」


 イヴが女のうちの一人を見て息を飲む。相手もそれを察したようで、にっこりと笑って近寄ってきた。


「かわいい私のお人形。やっと私の元に戻ってきたのね?」


 イヴは首を振って後ずさる。自分が操り人形だった頃のことを思い出して恐怖に支配されているようだった。


「イヴ。大丈夫だ」


 そんな彼の手を優しく握る。震えていた手が、徐々に落ち着くのを感じた。


「ありがとうございます。もう、大丈夫です。きっと私が私自身を忘れても、あなたが思い出させてくれると信じているから」


 そしてイヴはキッと元の主人を睨みつける。


「もう私はあなたの人形なんかじゃありません。あなたの元になど戻るものか」

「あら、怖い。ひどいわ、あんなに大事にしてあげたのに! でも、いいのよ。今日はいい日だから、そのくらいのおいたは許してあげるわ。ねえ、パパ?」


 その言葉に、椅子に座る男は微笑み頷いた。そして大仰な仕草で私たちに歓迎の意を示す。


「そうだね。君たちは幸運だよ! 私たちが長い間求めていた力をようやく手に入れた日に、こうしてここに居合わせたのだから」


 そう告げて、男は私達から見て右の方向を指差す。そこに置いてある椅子にぐったりと座る人間が誰か分かった瞬間、私は走り寄っていた。


「ディル!?」


 あんなに会いたかった親友が、そこにいる。さようならも、ありがとうも、言えないままいなくなったディルが。


「ディル、ディル!」


 あと少しでディルに手が届く、というところで、何者かが間に飛び込んできた。そして思いっきり私を突き飛ばす。


「うわっ!?」

「ドール!」


 吹っ飛ばされた私を、イヴが抱きとめてくれた。


「ありがとう」

「いいえ。……やっぱり、あなたとも戦わなくてはならないんですね」


 イヴは私を突き飛ばした何者かを見つめて悲しそうな顔をする。そこには旧アジトでアイラを襲っていたルビーと、只者ではない雰囲気を漂わせた一人の青年が立っていた。


「ラピス……!」


 イヴが青年の名を呼ぶと、青年の体がみるみるうちに変化していく。手は怪物の手をくっつけたようなおぞましく巨大なものになり、その手についた爪はナイフのように鋭く尖っていた。そして彼の肩につくかどうかくらいの長さだった髪は、シュルシュルと伸びて蛇のように空中をのたうちまわる。


「これ、は……」


 今まで見てきた改造兵、イヴやエム、ルビーとは比べ物にならないほど、ラピスという名の青年の怪物性は常軌を逸していた。他の三人のおぞましく変えられてしまった部分を全てくっつけられたような、そういう姿をしている。そんな化け物にされてしまっても、青年の紺色の瞳には絶望さえ宿ってはいなかった。どこまでも深く暗い闇。あるのは、それだけ。


「私達の手元にいる最高傑作、それが彼だよ。ラピスという名前だったのかい?知らなかったな。いい名前だ」


 組織の長は面白がっているような口調で告げるばかりだった。イヴの瞳が怒りに燃えるのが分かる。兄弟同然に育った仲間と戦うだけでも、イヴにとってこれ以上ないほど苦痛だろうに。


「君には感謝しているんだよ、ドール・シュテルンツェルト。君のおかげで、《鍵》を見つけることが出来た。ディルはもうすぐ神にも等しい存在になるんだ。彼の願いが、私達みんなを救うんだよ」

「ディルの固有魔法が、あんたたちの望んでいた死んだ人を生き返らせる魔法になる、ということか」

「その通り」


 幸せそうに笑う男を見て、私も怒りで視界が赤く染まる。


「その力を使うためにディルが払う代償が何か、あんたたちは分かってるのか!?」


 そんな強大な魔法を、大した代償を払わずに使えるはずがない。案の定、組織の長は肩をすくめた。


「代償は彼の心だよ。彼の心は死者の復活を願うことだけに専念する。そのために、彼自身の人格は必要なくなるのだ。素晴らしいだろう? 彼は神になり人の心を捨てる」

「そんなことが許されていいと思うのか!」

「なぜ君は怒っているんだい?死者の復活は誰もが願うことだろう。世界中のみんなの幸せに繋がることなのに、なぜ君達は止めようとする?」


 そう聞かれて、私はマリアンの言葉を思い出していた。最終決戦の間際、組織に潜入し別行動を取る直前に彼が語ったことを。



※※※



「組織を潰したい理由、パパのことが嫌いだからだって言ったけど、それだけじゃないんだ」


 実験器具の詰まった箱から私たちが出る間、彼は唐突にそんな話を始めた。


「ママは俺が分からないことを聞くと、いつも大人になれば分かるって答えた。でも、いつまで経っても分からないままで、いつの間にか俺は大人になってた。それなのに、ママは今でも大人になれば分かるって言う。ママは俺のことなんて見てないんだってそのとき気づいた」


 そう語るマリアンはあまりに寂しげで。フレディがそんな彼を優しく抱きしめていた。


「それでさ、思ったんだ。死んだ人を生き返らせたいと願うこと自体は悪いことじゃない。でも、死んだ人のために今生きている人の命が軽んじられて、ないがしろにされていって、死んだ人を生き返らせるために死んでいく。それって、それって……。とっても、おかしなことじゃないかな」


 迷子の子供のような瞳で私を見つめるマリアンのことがとても愛おしく思えて、私はうなだれる彼の頭を優しく撫でる。


「俺、おかしいのかな。パパも、ママも、上姉さんも下姉さんもみんな、そんな考えはおかしいっていうんだ。俺は、狂ってるのかな」


 彼もまた、自分らしく生きられなかった迷子の子供だった。誰も彼に正しさを教えなかったのに、正しさを見失わなかった優しい人。私は陰った彼の瞳をまっすぐに見つめて、心からの愛を込めて微笑んだ。彼の痛みが和らげばいい、と願いながら。


「マリアンはおかしくなんかないよ。君はとても、優しい人だ」

「……そっか」


 そう呟いた彼は、憑き物が落ちたような表情をする。そして彼は清々しい笑みを浮かべた。とても綺麗な、忘れられない笑顔だった。



※※※



「なぜ私たちがお前たちを止めるか、だって?」


 そんなのは決まっている。みんなが願い、苦しみ、それでも手に入れたかった未来があるから。私たちは、こんなところで負けたりしない。


「私たちが私たちらしく生きたいからだ」


 覚悟は決まった。もう、何も奪わせない。私の悲しみを代償にして、みんなを解き放つ。厚底ブーツから短剣を抜けば、それは金色の光に包まれた。その光こそ、私の固有魔法が発動している証。私だけが使える、私だけの魔法。


「イヴ、いくぞ!」

「はい!」


 輝く短剣を手に、私はラピスに向かって走り出した。イヴが後を追ってルビーと衝突しようとしているのが分かる。これが最後の戦いだ。自分自身を見失った迷子の子供たちを、取り戻す。

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