第18話 力の代償

「だから、貴方のことを邪魔するもの全部、私が壊してあげるね」


 何が何だか分からなかった。今、私たちの目の前で狂気に満ちた笑みを浮かべるこの女性は、本当にドールの愛したアイラ・ルスその人なのか?


「アイラ! 何を言ってるんだ? せっかくこうしてまた会えたんだ、はやく帰ろう?」


 叫ぶドールに、アイラは笑いながら首を振った。


「いいえ、今はまだ帰れないわ。ここの組織の人たちはあなたの幸せを脅かす。だから、徹底的に潰さなくては」


 うふふ、と無邪気に笑う彼女はあまりに恐ろしい。


「そんなことをしなくてもいいんだ、私はアイラがそばにいてくれるだけで幸せだよ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、そばにいてほしいのは私だけではないでしょう? あなたはディルにも隣にいてほしがってるはずだわ」

「それは……」


 俯いたドールに、アイラは優しい声で残酷な事実を告げた。


「このままじゃディルが壊されてしまうわよ。彼らが探していた《鍵》は私ではなくて彼だったようだから」

「……!」


 ドールが息を飲む。何かを彼女に問いかけようと口を開いた瞬間、アイラ目掛けて巨大な何かが飛んできた。それは崩れた建物の瓦礫だったが、アイラは避けることなく飛んでくる瓦礫に手をかざす。すると、あっという間に瓦礫は爆発して消し飛んだ。瓦礫の飛んできた方を振り向けば、そこには虚ろな瞳をしたルビーがいる。彼女の手は巨大化して、まるで化け物の手をくっつけたかのような有様に変化していた。巨大な手が手当たり次第に瓦礫をアイラに向かって投げつける。しかし、それはどれもアイラにとっては何の意味もなさない攻撃のようだった。アイラが手をかざすだけで、どんなものも爆発四散していく。牢屋に穴が空いていたり、天井に穴が空いていたのは全て彼女の力によるものだったのだと今なら理解できた。


「ね、あの子はドールを傷つけてしまうから、今すぐ壊してしまわなきゃ。ドールはそこで見ていてくれればいいのよ」


 そう言うと彼女は天井に向かって手をかざす。轟音とともにルビーの真上の天井が崩れ落ち、ルビーを数え切れないほどの瓦礫が襲った。ルビーは大きな手が邪魔で早く走れないらしく、逃げ切ることが出来ないまま瓦礫の下敷きになって姿が見えなくなった。


 呆然とするドールと私に、アイラは駆け寄ってくる。私のことは見向きもせず、ドールの手を握って微笑んだ。


「絶対、迎えに来てくれると思っていたわ。私の愛するドール! さあ、一緒に悪者の巣窟に向かいましょう。邪魔するものは、私が全部吹き飛ばしてあげるから」


 そんなアイラに、ドールは泣きそうな顔で言い聞かせる。


「何を言っているんだ、アイラ? 君は他人をそんなに簡単に傷つけられるような人じゃなかったはずだろう? 何が君をそんなに変えてしまったんだ?」

「それが彼女の払った代償だからだよ」


 アイラが答えるより前に、別の人間の答えが聞こえた。私たちが振り向けば、そこにいたのはマリアンだった。その隣には、やせ細った長い金髪の少女が立っている。


「代償?」

「彼女は手をかざした物を爆発させることが出来る、という固有魔法に目覚めた。けれど、固有魔法は強力な代わりに代償を払わなければならないものなんだ。彼女は力を得る代わりに狂気に支配され暴走する。だから組織も突然力に目覚めた彼女が手に負えなくて、施設が無残に壊されるに至ったというわけ」


 私の問いに彼は早口で答えた。何かが気がかりらしく、早く脱出したいという彼の気持ちが表情だけで痛いほど伝わってくる。


「詳しい説明は脱出してからするからさ。フレディ、よろしく」

「ああ」


 マリアンの隣に立っていた金髪の少女が頷き、目を閉じてアイラの方に両手をかざした。するとその手から金色の光が放たれて、アイラをあっという間に包み込む。やがて光が弾け飛ぶと、気を失ったアイラがドールの方に倒れこんだ。ドールは慌てて自分より背の高い恋人を抱きかかえる。


「ルビーはあの程度で死んだりしないから、彼女が瓦礫の中から出てくる前に早く逃げよう」


 マリアンに聞きたいことはたくさんあったが、彼の言うことはもっともだったので私たちは走って施設を脱出した。



※※※



「もしかして、あなたがディルの兄上か……?」


 組織の施設の建っていた岩山の中腹あたりにあった洞窟で、私たちは一度休息を取っていた。マリアンの隣に立つ金髪の少女、のように見える人を見て、ドールはかしこまって尋ねる。


「そうだよ。俺はアルフレード。みんなはフレディと呼んでるね。君のことは弟がよく手紙に書いていたから知っているよ。弟が迷惑をかけてすまないね」


 優しく笑うフレディは、私の記憶の中のフレディとほとんど変わっていなかった。十年前とほとんど身長が変わっていない。長い金髪と低すぎる身長のせいで、少女と勘違いしていたのだった。


「い、いえ……こちらこそ、ディルにはお世話になってました」


 そのまましばらく二人で世間話とディルの思い出を語っていたので、私は眠るアイラの看病をしているマリアンに話を聞くことにする。


「フレディはさっき何をしたんです?」

「固有魔法を使ったんだよ。フレディは他人の魔法を無効化出来る力を持ってるんだ。その代わり体が成長しなくなった」

「なるほど。その力でアイラの力を無効化したわけですね」

「そういうこと」


 そう言うとマリアンは全員に対して問いかけた。


「みんな、そろそろ次の作戦を話してもいいかな?」


 その言葉にフレディとドールも静かになる。


「いよいよ本部に乗り込むわけだけど、ここにいる全員一緒に行くと面倒なことこの上ないから、分担させて。俺はまだ組織に裏切り者ってバレてないから堂々と戻れる。フレディは捕虜だったから、実験対象としてあっちの本部まで連れてきたっていう体で連れて行けると思う。アイラは出来れば家に帰してあげたいけど、いつ暴走するか分からないことを考えるとフレディと一緒にいた方がいいね。ってなわけで、ドールとイヴに頑張って侵入してもらってディルを助けるために動いてもらう。俺たちはそのサポートをする。理解した?」


 全員が頷いて、作戦は決定された。ドールは少し不安げだったが、考え直そうと首を振る。


「アイラを任せた」

「彼女のことは俺たちが守る。だから安心してくれ」


 フレディの言葉に、ドールは笑って頷いた。

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