第12話 取り戻したい未来のために

 それから数日間は何事もなく過ぎた。ドールはスラム街について知りたがって、ニックに色々な話を聞いていた。衝撃の事実が発覚したのはその時だ。


「そういやさ、お前、シュテルンツェルト家の跡取り息子っていうけど、父親と血は繋がってないんだろ?」

「流石に情報屋は詳しいな。その通りだ、私は父上の養子で血は繋がっていない。それでも、父上は私を本当の息子のように思ってくださった。感謝してもしきれないのに、私は父上を困らせてしまっている……」


 しゅんとして下を向くドールに、ニックは笑って頭を撫でる。


「それなら心配しなくても大丈夫だよ。あいつには俺から言っとくからさ」


 それを聞いてドールがガバッと上を向いた。


「父上と知り合いなのか!?」

「あー、知り合いっていうか、そのー」


 ニックが苦笑いしながら頭をかく。


「あいつも、俺が面倒見た子供の一人だったからさ。お前の父親、生まれは立派な大貴族だけど、色々な不幸と不運の結果スラム街で育ったんだよ。それで、俺がちょっと気にかけてやってた」

「うん? えっと? 父上がスラム出身? それで、ニックが父上の面倒を見てた?」


 ドールの頭にいくつものクエスチョンマークが浮かぶのが目に見えた。正直私もいまいち理解できていない。


「とりあえず、ニックっていくつなんだ?」

「てっきり三十代くらいかと思ってたんですけど。十年前には既に今と全く変わらない見た目でしたよね? 今でもどう見ても二十代って感じですが」

「父上も見た目は二十代くらいなんだ、兄弟と間違われることもある。しかし、父上だって恐らく三十代後半くらいのはずだぞ?」

「まあまあ、そこは気にすんな!」


 ニックが慌てて誤魔化す。それ以上追求されないように少し話をそらした。


「それにしても、あいつに息子が出来たって聞いた時はとうとうあいつも一緒に生きていきたいと思える相手を見つけたのかって感動したのにな。やっぱり人間不信は治ってなかったか」

「父上の病的な人間不信を知ってるんだな! じゃあ本当に二人は知り合いなのか。父上は他人を全然信用しないから、使用人を雇ったことが一度もないんだ。別に困ることはあまりないが、年に数回父上と二人で屋敷の大掃除をするときだけは、手伝ってくれる人がいればいいのにと思う」

「な、なんかあなたも大変なんですね……」


 ちょっと信じられない話を聞いてしまった。シュテルンツェルト家って、建国時に大活躍した英雄の末裔なんじゃなかったか。スラムの子供たちですらその存在を知っているレベルの大貴族のはずじゃ?


「ドールのお父様に一体なにがあってスラムで育つことになったんですか……?」

「それはいずれ本人に聞いてくれや。あいつもそろそろ吹っ切れなきゃいけない頃だろうし、お前たちに話を聞いてもらえたら喜ぶだろうから」

「そうだな。今度父上にお聞きしてみる」


 ところで、とドールが今度は私に尋ねてきた。


「家族といえば、イヴにはディル以外にも仲間がいたんだろう?」

「ええ、そうですね」

「どんな人たちだった?」


 そう聞かれて、十年前に想いを馳せる。


「私には兄がいました。親の顔は知りませんが、気づいた時にはいつも兄が一緒でした。兄はとても綺麗な人で、中性的な魅力をお持ちだったんです。よく女と間違われて追いかけ回されていましたね」

「懐かしい。そんなこともあったな」

「イヴもとても綺麗だから、お兄さんもきっと似ているんだろうな」


 幼かったあの頃から既に絶世の美貌を持っていた兄は、今頃もっと美しく成長しているに違いない。もっとも、生きているのかさえ私には分からなかったが。私の知る組織の情報は私の持ち主だった幹部の女性のおしゃべりの内容だけで、その彼女は私たちのような人形には興味がなかった。だから、兄がどうなったのかは分からない。私のように人体実験の末に人形にされたのか、それともフレディのように地下牢に閉じ込められているのか。


「兄には二人の親友がいました。兄たち三人はとても頭が良くて、力があって、スラムの子供たちをまとめるリーダーのようなことをしていました。そのうちの一人がディルのお兄さんのフレディです」

「ディルのお兄さん……」

「フレディはとても優しい人でしたよ。私の兄と、もう一人のリーダーは結構極端な人たちで、ぶつかることもよくありました。それをいつも仲裁して、一番良い結論に導いてくれるのがフレディでした。あの人は本当に聡明な人でしたから、こんなことにならなければきっと……」


 きっと。そんなことを考えても、意味はないことくらい分かっている。けれど、考えずにはいられないくらい、フレディは輝かしい未来を手に入れるに相応しい人間だったのだ。


「……絶対に取り戻そう。ディルも、フレディも、イヴのお兄さんも」


 ドールがまっすぐな瞳で宣言する。ニックも、珍しく真面目な顔つきで頷いた。


「ええ。必ず、取り戻します」


 十年前に失った未来を、今度こそ。



※※※



「ニック!」


 隠れ家に一人のやせ細った青年が駆け込んできたのは、私たちがスラムに来てから五日後のことだった。


「人狩りが!」

「来ちまったか! スラムの連中は?」

「俺らの仲間はもう皆地下水道に逃げてる! でも、ここ最近あいつら地下水道を探り当てようと躍起になってるんだ、そろそろやばいかもしれない」

「分かった、お前も早く逃げろ! 捕まるんじゃねえぞ!」

「あんたもな!」


 青年はそう言い捨てて一目散に走って出て行った。ドールと私は顔を見合わせる。


「とうとう来たか」

「気をつけてくださいね、ドール」

「分かってる!」


 そう答えたドールは、夜空が描かれた青いジャンパースカートのゴスロリに身を包み、青い厚底のパンプスを履いていた。隠れ家にいて、荷物も殆ど持ってこなかったのになぜ毎日違うゴスロリを着ているのかと尋ねたら、自宅のクロゼットに移動魔法陣を設置していてそこから呼び出しているという。そこまでして着替える必要があるのか?とは思ったけれど、言ったらいけない気がして突っ込めなかった。


「準備はいいな? 行くぞ!」


 ニックの合図と共に、揃って隠れ家を飛び出した。辺りには人の気配が殆どなく、いつになくスラムは静まり返っている。街を走りながらニックが説明してくれた。


「ここ数年はあいつらの手口もパターン化してきているし、捕まった奴はほとんどいないんだ。もっとも、あっちの望んでる素体とやらを見つけられていないから俺たちを泳がしているだけなのかもしれないけどな」

「奴らはどうやって人狩りをするんだ?」

「束縛の魔法陣を使ってくる。踏んだら動けなくなるっていうアレな。それ自体は大したことじゃないけど、問題はその魔法陣そのものが動くってことなんだ」

「魔法陣が動く? そんなことが出来るのか」

「出来ちゃったらしいねえ。死人を蘇らせる方法を探して実験を繰り返した末、色々な魔法を開発する結果になってるみたいなんだよ、あいつら。なんで俺たちみたいなスラムのドブネズミばっか虐めてくるかな……」

「スラムで何をしても、基本的に国王の耳まで届かないからでしょう」

「酷い話だよな。だから、魔法陣を見たら即座に

逃げろ。魔法陣は真っ赤に光ってるから遠目でもすぐ分かる。ただし、逃げながら幹部っぽい人間を探すこと。まあ、ここに来ているのがマリアンって奴かどうかは分からないけどな」


 中々こちらに分の悪い賭けだ。そもそも幹部がいるという保証すらない。でも、やるしかなかった。


「魔法陣は一度に何個も設置されますか?」

「いや、一つだけだ。奴らの力じゃそれが限界らしい。だから、一人が囮になれば他の二人は自由に動ける」

「では、私が囮になりましょう」


 そう宣言すれば、ドールとニックは揃って眉をひそめる。


「イヴ、お前だけを危険に晒すわけにはいかない」

「また捕まっちまったらやばいだろ?」

「大丈夫ですよ。私、人間よりよっぽど足が速いんです。跳躍力も桁違いですし。ドールは知ってるでしょう?」


 その言葉にドールは困り顔をした。


「確かに、それはそうだが……」

「じゃあ、決まりです。私が魔法陣と鬼ごっこしている間に、あなたたちは組織の幹部を探してくださいね」

「……わかった」


 了承の返事を聞いて、私は二人を置いてスラムの廃墟の壁を駆け上がった。その廃墟は3階建てほどの高さで、すぐ隣の廃墟はあと2階分くらい高い。どんどん背の高い廃墟に飛び移って行って、スラムで一番背の高い建物に辿り着いた。巨大な教会だったのだろうその廃墟の屋上に立って、スラム全体を見下ろす。赤い光を放つ魔法陣はすぐに見つかった。


「鬼ごっこなんて久しぶりですね。ここで兄さんたちと何度もやったことを思い出しますよ」


 思わず一人呟く。こんな状況なのに、なぜかとてもわくわくしていた。スラムはかつての私たちの庭だ。曲がり角や近道、隠れ場所など全部把握している。


「さあ、始めましょうか」


 私は魔法陣を挑発すべく、教会から飛び降りた。

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