第11話 本当は優しい人

 隠れ家に辿り着いた瞬間、ニックは私を力一杯抱きしめた。私が近づくなと制止する暇もなかった。


「イヴ、またお前に会えるとは思ってなかった。生きていてくれて嬉しい」

「ニック……私はあの頃とは違うんです。もう人間じゃありません。ですから、不用意に近付かないで」

「人間じゃない? 一体何があったんだ。俺も知ってることを話すから、お前らも全部話せ」


 私たちは互いに事の顛末を説明する。全ての情報が揃ったところで、ニックはしまった、と呟いた。


「あの日あいつがスラムにいやがったのはそういう事だったのか……! あの時もっとちゃんと話を聞いておけば……いやしかし……」

「あの日、とは何のことです?」

「アイラ・ルスがディルに攫われる前の夜、ディルはスラムにいた。様子がおかしかったから声をかけたが追っ払われたんだ。しかしまさかあいつの飼い主が《アドニス》だったとはね」

「《アドニス》について、あなたが知っていることはありますか? アイラを狙っている組織が《アドニス》であることをあなたは知っていたということでしょう?」


 そう尋ねれば、ニックは盛大にため息をつく。


「大したことは分からねえ。ただ、定期的に各地のスラムで人狩りをやってるのが《アドニス》だってことは掴んでた。お前らが捕まった後、必死で行方を探し回ったからな」


 その時、ドールが問いかけた。


「なあ、さっきから疑問に思っていたんだが。お前やディルとニックは一体どういう関係なんだ……?」

「そういえば説明してませんでしたね。この人はスラムの情報屋で血も涙もない男に見えますが、実は子供好きの良い人なんですよ」

「恥ずかしい説明の仕方するな! 別にそういうんじゃねーよ! ただ、スラムの子供らがどうしても食い物にありつけなかった時に食い物分けてやるとか、仕事の話持ってきてやるとか、そういうことしてただけだ!」


 そう主張するニックの顔が真っ赤になっていたのが、なんだか面白い。どう聞いてもただの良い人なのに、なんでこの人はやたら悪ぶってるんだろうか。


「そんなわけで、私たちのことも面倒見てくれてたんですこの人」

「なるほど。ニックは素晴らしい人格者なのだな」

「そういうのやめてくれ!」



※※※



「それで、お前らこれからどうする気だ」


 ニックに聞かれて、ドールは即答した。


「《アドニス》に乗り込んで、アイラとディルを助ける。それから、ディルのお兄さんも。他にもイヴの仲間が囚われているのなら、その人たちも救い出す」

「どうやって乗り込むつもりだ?」

「分からん!」

「おい!」

「ドール!」


 自信満々に答えたドールに、ニックも私も思わず突っ込んでしまう。乗り込むといっても相手がどこにいるのか分からないのではどうしようもなかった。


「ニックがもっと情報を持っていると期待していたんですけどね」

「悪かったな!」

「手がかり……そういえば」


 その時、ドールが胸元から一通の手紙を取り出す。胸元から取り出すという動作に私もニックも唖然としたが、彼は特になにも思っていないらしかったのでスルーした。


「フレディからディルに宛てた手紙の中に、マリアンという人の名前が出てくるんだが。この人物に会うことができたら、力になってくれるのではないだろうか」

「マリアン? その手紙ちょっと見せてみろ」


 ドールが見せてくれた手紙を読む。そこには確かに、マリアンという人物について触れられていた。


「組織の幹部ねえ。幹部でありながら危険を犯してフレディの手紙をディルに届けてやる、組織に反感を持っていると思われる人物。なるほど、これが本当の話なら使えるかも知れねえな」

「イヴ、マリアンについて何か知っていることはないか?」


 そう聞かれて、組織にいた頃の記憶を探る。


「組織の幹部……マリアン……確か、人体改造実験の主導者だったはずです。質の良い素体を手に入れるために、自ら人狩りに同行しているというのをご主人……じゃなくて、私を使っていた幹部の女性が話していた気がします」


 それを聞いて、ニックがああ、と何かを思い出したらしかった。


「もしかして、たまに人狩りを眺めてるあの白衣の男か!? あいつがマリアンだっていうんなら、スラムで張っていればそのうちやってくるぜ。奴ら、定期的に人狩りに来るんだ。確か、俺の予想が正しければ数日中には来ると思うぜ。奴らは一ヶ月に一回はスラムの様子を見に来るんだ。それも捕まえる素体を吟味してたってわけなのか」

「では、私たちもこの隠れ家にかくまってもらおう。スラムで警戒態勢を敷いて、マリアンという人物を待ち伏せしよう」


 作戦は全員一致で採用。その夜から、狭い隠れ家で三人一緒に過ごすこととなった。ニックは狭い狭いと文句を言っていたが、その顔はどこか楽しそうで。ドールはニックが彼を偏見の目で見ないことが分かって嬉しそうだった。私は久し振りに彼の隠れ家で過ごす時間が懐かしくて、全然状況は好転してはいないのに、なぜか幸せな気分になってしまって仕方がなかった。

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