第9話 願いを叶える力

 目覚めてからしばらくは部屋から出ることが出来なかった。私が私自身を信じていなかったから、突然化け物の爪が伸びて誰かを傷つけたりはしないかと思うと怖かったのだ。けれど、ドールは毎日この部屋を訪ねてくる。彼はいつも愛らしい女性用の服に身を包んでいて、ニコニコして私に色々な話をしてくれた。彼が通う魔法学校のこと。彼の唯一の家族である父親のこと。別荘にかくまってもらった顛末。ディルと過ごした日々。


 彼はディルの話をするとき、いつもとても楽しそうだった。ドールはディルのことがそんなに大切だったのか、と思うと変な気分になる。ディルと私が共にいたのはもう十年も前のことになるらしかった。あの頃のディルとドールの話に出てくるディルは、なんだか違う人間みたいだ。私はなんとなく取り残されたような寂しい気持ちになる。けれど、そんなときドールはそれに気づいて手を握ってくれた。そうして太陽みたいに笑うから、勘違いしそうになる。彼はディルを取り戻したがっていて、そのために私を使おうとしているだけなのに。私も、人間に戻れる気がしてしまっていけない。私はもう組織の人形ではないけれど、人でもない怪物なのだ。


 組織は目的の達成のためにありとあらゆる方法を試した。そのうちの一つが魔法による人体改造だ。人間の肉体を魔法でより丈夫に改造していけば、不老不死に辿り着くのではないか、と組織は考えたらしい。死んだ人を生き返らせた後、それを未来永劫の存在とするための実験だったが、実際には上手くいかなかった。人体改造を施された者たちは、超人的な体を手に入れたものの不死ではなかった。どれだけ傷ついてもすぐに自然治癒し、痛みも感じることはないが、自然治癒が間に合わないほどのひどい怪我を追えば壊れる。実際、そうして壊された被験者たちを何度も見てきた。私や共に捕らえられた仲間たちは、素体が良かったのだと主人は言っていた。主人は私の容姿を気に入っていて、よく話しかけてきたからその辺りの情報は記憶している。もちろん、本当に秘密の情報を主人が口にすることはなかったが。


「死んだ人を生き返らせる?」


 目覚めた日、組織の目的を告げた私にドールは怪訝そうな顔をした。


「なぜそんな組織がアイラを狙ったんだ?」


 その答えははっきりとは分からないが、心当たりならある。


「分かりません。ですが、組織は死人を生き返らせることができる方法があるとすれば《固有魔法》の発動しかない、と考えていたようです。ご主人様のおしゃべりが正確な情報であれば、の話ですが」

「固有……魔法?」

「ええ。私にはよく分かりませんが、魔法とは願いの具現化なのでしょう?」


 魔法を使えない私には理解しかねる話だが、魔法学校で学んでいるドールは頷いた。


「その通りだ。この世界は、人々の願いに呼応して変化する。人々は願うことで世界に働きかけ、望む力を手にするというわけだ。


 それなら誰もが自分の願いを何でも叶えることが出来るのか、というとそうではない。何故なら、人々の願いのほとんど全ては他の誰かの願いと対立するからだ。誰もが世界一の賢者になりたいと願ったとしても、その願いを叶えられるのは一人しかいない、といったように。


 そんなとき、願いが叶うかどうかはその思いの強さに左右される。より強く願う者のために世界は変化していくのだ。誤った使い方をすれば大きな犠牲を生む力だからこそ、王立魔法学校は誰にでもその門を開いている。君ももし願うなら……」


 ドールはそう言いかけてやめる。私が暗殺者として捕らえられていたことを思い出したのだろう。


「そういうことを考えるのはまだ早かったな。すまない。それで、魔法のメカニズムと《固有魔法》というのにはどんな関係があるんだ?」

「《固有魔法》は誰でも使えるものではありません。魔法を使えるものが、命をかけてでも叶えたいと強く願うとき、その願いを叶えるためだけの特別な力が生まれるのだそうです。ご主人様はいつもそんなお話をしていらっしゃいました」

「特別な魔法……」

「おそらくアイラというあのご令嬢は、組織の目的に合う《固有魔法》をお持ちか、お持ちになる素質があったかのどちらかなのでしょうね。そういえば、あなたが私を目覚めさせることができたのも、あなたの《固有魔法》が発動したからかもしれません。ご主人様は、私たちにかけられた隷属の魔法はどうやっても解くことのできない特別製なのだと得意げに語っておられました。それなのに、あなたがそれを解除できたということは……。何か思い当たる節は?」


 そう尋ねれば、ドールはなにかを思い出したようだった。


「自分らしく生きるための力がほしい、と願ったんだ。そうしたら、イヴを自由にすることが出来ていた……。どうやったのか、自分でも分からなかったのだが。そういうものがあるのなら、そうかもしれないな」


 ところで、と彼は突然私に顔を近づけてくる。


「もういい加減、君を縛り付けていた人間のことを主人、と呼ぶのはやめてもいいんじゃないかな?」


 そう言われて初めてそのことに気がついた。組織に隷属していた自分は確かに魔法陣により縛り付けられてはいたが、それでも自分自身の思考ではあったのだ。乗っ取られていたとか、そういう感覚ではない。だから、組織やかつての主人に従うという思考が癖になって抜けなくなってしまっていた。


「君はもう自由なんだ。君が生きたいように、生きていいんだよ」


 そうは言っても、と思う。私の愛した兄や仲間たちは、今でもあの組織に使われている。兵器として、誰にも顧みられず傷つき続けているはずなのだ。在りたいと願う在り方などない。そもそも願いなんてなかった。これっぽっちも。戸惑う私の様子を、ドールはただ悲しそうに見つめるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます