第7話 裏切り者の願い

 ボスからの使者が告げた命令は簡潔だった。それと同時に意外でもあった。組織はアイラを殺したいわけではなかったらしい。彼女をこの手にかける必要がなくなったことに、少し心が軽くなった。けれど、結局ドールとの決別は避けられない。あいつの最愛の婚約者を、あいつの側から引き離すことになるのだから。


 学校を辞める手続きは組織が全部やってくれるらしい。俺はほとんど無いに等しいくらい少ない自分の荷物をまとめて、二度と帰らないだろう寮の自室を出た。組織の命令を遂行するためだけに通っていた学校だったけど、少しの間だけでも通えて良かった。ドールに会えたし、魔法についての勉強も出来た。まあ、今はあいつと出会わなければ良かったとも思うけれど。


 寮を出てしばらくしてからあの手紙を置き忘れてきたことに気づいた。部屋の備え付けの机の、使っていなかった引き出しに封印していたフレディからの手紙。結局何が書いてあったんだろう?今となってはどうでもいいことだけど。


 今日はアイラの部屋に集まる約束だった。俺にとってあまりに好都合な予定。もちろん、嬉しくなんか全く無い。俺は約束の時間より少し早くアイラの屋敷を訪ねた。ヴィオラとドールはいつも時間ギリギリに来るから、アイラと二人きりになるにはこれが一番簡単だった。


「いらっしゃい、ディル。昨日は上の空だったみたいだけど、どうしたの?みんな心配してたのよ」

「昨日はちょっと気分が悪くてさ。心配させてごめんな?今日はもう元気だから」

「そう、それは良かった」


 アイラが使用人たちに囲まれて玄関口で迎えてくれる。その後ろを追いながら、彼女の部屋まで案内された。使用人が部屋のドアを開ける。彼女が先に入り、俺も中に入った。後ろで扉が閉まる。広い部屋の真ん中に置いてある丸いティーテーブルに向かって歩くアイラの後ろで、俺は魔法を使った。彼女を深い眠りに落とすための、呪いとでもいうべき魔法を。自分を襲う魔力の奔流に、彼女はすぐに気がついた。けれど、その時にはもう何もかも遅かった。


「どう、して……」


 悲しそうな瞳で呟く彼女が崩れ落ちる。俺はその体を抱きとめて、魔力の気配を感じて部屋に飛び込んできたアイラの使用人を風の魔法で吹っ飛ばした。そのまま彼女の体を抱えて屋敷の中を駆け抜ける。案の定、約束の時間ギリギリにやってきたヴィオラとドールに鉢合わせした。


「ディル!?」

「アイラを放しなさい!」


 ヴィオラはすぐに戦闘魔法の発動準備を始めていたが、ドールは動揺して立ちすくむばかりだった。今日の彼は黒地にトランプの柄が入ったジャンパースカートのゴスロリを履いている。ああ、今日もやっぱり可愛いなあ。すぐに放たれたヴィオラの氷の弾丸を避けて、俺は風で彼女を弾き飛ばす。壁に叩きつけられた彼女の悲鳴が聞こえた。呆然とするドールの側を通り抜ける。耳元で一言、あいつにしか聞こえないような小さな声で呟いた。


「イヴを頼む」


 屋敷の扉を出ると、すぐに組織の連中が用意した馬車に乗り込む。馬車は全速力で走り、途中で姿隠しの魔法が発動して誰にも見えなくなった。アイラの家の使用人が数名追ってきていたが、全部風の魔法で吹き飛ばす。あまりにも簡単過ぎる奪還劇。それは当たり前だ。俺は信頼されていたのだから。


「ごめんな、ドール」


 きっと、俺の言葉の意味があいつには分からなかっただろう。彼の名前がイヴだなんてドールは知らないし、きっとイヴ自身も今は分かっていないはずだから。でも、きっとイヴが目を覚ませば、きっとドールを助けてくれる。愛する恋人と信じていた親友の両方を失って、きっと今頃深く傷ついているだろうけど。


 それでも、君にいつまでもゴスロリを着て笑っていて欲しい、だなんて思ってしまう俺を許してくれ。

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