第5話 結局勝つのは質より量

「じゃあ、向こうから来てもらえばいいじゃない」


 ヴィオラはころころと笑いながら、あっさりとそう言ってのけた。


「え?」

「は?」


 戸惑う俺たちにため息をついて、彼女は説明する。


「アイラを狙っているのがどこの誰かは分からない。候補はあるけど多すぎる。潜入はリスクが高い。分からないことばっかりじゃない。でも、一つはっきりしていることがあるでしょ? 敵が誰であれ、その誰かはアイラになんらかの用がある。なら、また必ず襲ってくるじゃない。そこをバシッと捕らえる。これぞまさに大正解! おーけー?」


「のー!」


 ドールが元気よく答えた。お姫様は呆れたと言いたげだが、正直俺にも何言ってるかよく分からなかった。


「その作戦だとアイラがめちゃくちゃ危なくないですか、オヒメサマ」

「あんたあたしのことバカだと思ってるでしょ」

「そんな、滅相もなーい」

「全くもう! あんたといると調子狂うわ」


 彼女は一瞬疲れた表情を作ったが、すぐに元の得意げな笑顔に戻る。


「ドールが剣で勝てなかったとなると、相手は相当な手練れ。真っ正面から正攻法でいくと、アイラが危険だわ。でも、ドールを殺そうと思えば出来たのにそうしなかったんでしょう? そして、この怪しい男がどこかから持ってきた重要情報」


 怪しい男、というところでヴィオラはこちらを一瞥した。それは面白がっているような、それでいて何かを見極めようとしているような、そんな眼差しだった。


「あの暗殺者は自分の意思で動いていない。操り人形みたいなものだっていうその話が本当だとしたら、ドールを殺さなかったことに説明が出来るわ。暗殺者はアイラを殺すこと以外は考えないようになっているのよ。その邪魔になるものはどかそうとするけど、目の前から消えたらどうでも良くなるんだわ」


 彼女はドールの自室に用意したブラックボードにチョークで絵を描く。間を開けて向かい合うように二つの丸を描き、それぞれに『アイラ』『暗殺者』と説明書きをした。


「以上を踏まえると、こう考えられる。暗殺者は必ず、最短距離でアイラのところに向かう。その途中にあるものは最短距離での移動を邪魔するもの以外認識しない。ということは?」


 そこでヴィオラは一旦間を置き、すうっと息を吸い込むとバンッとブラックボードを叩く。


「罠、仕掛け放題! 汚い手、使い放題!」


 絶対に国民に聞かせてはいけない言葉がオヒメサマの口から飛び出したが、ヴィオラに突っ込むときりがなくなってくるのでスルーすることにした。


「なるほど……! さすがヴィオラ!」


 頭のミニシルクハットが吹っ飛びそうなくらいドールが頷く。そのキラキラした瞳は純粋に彼女の作戦を称賛していた。俺は心のメモ帳に赤ペンでメモをする。ドールをこの不良姫君に近づけすぎると、十中八九良くないことを教え込まれるから注意すること。とはいえ、策としては悪くない。それは認めざるを得なかった。


「まあ、いいんじゃねえの? けど、流石に親御さん方に許可取らなきゃダメだろうな」

「まあ、そこは大丈夫よ。お父様にお願いして、万が一が起こらないよう騎士団の協力を得て実行するわ。騎士団全面協力の元、作戦の成功を見届けるくらいなら許して貰えるでしょう。それに、あたしやドール、アイラの親はみんな若い頃色々危ないことやってるから、その辺り寛容だしね」

「スパルタ教育ってわけですか」

「そゆことです」



※※※



「うっわ……」


 アイラの家の庭の芝生は見るも無残に刈り取られていた。大量の魔法陣を描くためだったのだが、あんまり魔法陣が多いものだからミステリーサークルみたくなっている。ヴィオラが打ち出した作戦は単純明快だった。数打ちゃ当たる。


「本当、無茶な要求しやがって」

「ディル、気持ちは分かるがアイラのためだ。頑張ろうじゃないか」


 嫌々準備する俺を慰めるドールは、今までになく重装備だった。ゴスロリ的な意味で。目を惹く真っ赤なフリルのスカートは前面だけが短く、後ろは引きずるほど長かった。真っ白な足が剥き出しになっていて、よりスカートの赤を強調している。上半身は軍服っぽいかっちりした黒のジャケットだった。頭にもミニシルクハットではなく軍帽風の帽子を被っている。戦いの日にそんな服を着てくるなんて! 俺はドールの肩に手を置いて真っ直ぐ彼を見つめる。深呼吸をすると、無邪気に俺を見上げる親友に向かってはっきりと告げた。


「今日の服、最高に似合ってんな」

「そうか? 気合を入れてコーディネートしたんだが、そう言ってもらえるととても嬉しい」


 こんな最高のビジュアルのドールの側なら負けるはずないわ。勝利の女神の視線がこいつに釘付けになっているのを感じる。こりゃ、勝ったな。


 そんなことを考えていたら、突如庭に緊迫した空気が流れた。あいつが来た、と誰に言われずともみんなが察する。


 アイラは屋敷から庭に出る扉のすぐ前で立っていた。少し不安そうだったが、両側に騎士団の手練れが控えていることもあり、気丈に暗殺者を待っている。そこめがけて、暗殺者は跳んできた。屋敷の塀の向こう側から、あの化け物じみた跳躍力で襲ってきたのだ。もちろん、あのミステリーサークルと化した魔法陣には少しも触れていない。そして上空から鋭い爪でアイラを引き裂こうと手を振り上げた瞬間、暗殺者は突然後ろに吹っ飛んだ。そしてミステリーサークルの上に無様に転がる。


「今よ!」


 ヴィオラの叫びとともに、騎士団の魔法騎士たちとドールがミステリーサークルに魔力を送った。たちまち魔力の鎖が魔法陣から放出され、暗殺者を雁字搦めに縛る。その頃にはアイラは既に結界で守られた屋敷の中に保護されていた。それに気づいたのか、逃れようと暴れていた暗殺者はフッと大人しくなる。


「やった!」


 ヴィオラが叫び、他の騎士団員たちも勝利の歓声を上げ始めた。俺はドールとハイタッチして勝利を喜び合う。


「すげえ吹っ飛んだな。まさかあんな勢いでぶち当たってくるとは思わなかったわ」

「ディルくらいだ、風を操って障壁を作るなんて芸当が出来るのは。さすがだな」

「いやいや、そうは言っても本当にピンポイントに短時間しか張れないし、あいつが予想通りの動きをしてくれて助かったよ」


 暗殺者が吹っ飛んだのは、アイラの斜め上空のピンポイントな場所に、俺が風の障壁を張ったからだった。上空にいて風の動きに逆らうのは超人的な肉体を持ってしても難しかったらしい。


 すぐに暗殺者の元に駆け寄った騎士団員が囚人に眠りの魔法をかける。完全に安全であると判断されたのを見て、俺たちも近くに駆け寄った。


 暗殺者の顔を隠していたフードは、吹き飛ばされた衝撃で外れていた。そこにあったのは、俺たちと対して変わらない年頃と思われる青年の顔。真っ黒な髪はとても長く、後ろで一つにまとめている。まだ幼さの残る寝顔は、とても暗殺者には見えなかった。


「こんな、私たちと同じくらいの青年が操られて利用されていたなんて……」


 ドールがショックを隠せない声で呟く。俺もショックだった。彼とは全然違う意味で。


「嘘だろ?」


 誰にも聞こえないくらい小さな声で思わず呟く。そこにあった顔を、俺は知っていた。記憶にあるよりずっと成長していたけれど、間違いなく俺はこの青年を知っている。最悪の結論が出て、俺は動揺を隠すこともできず震えていた。こいつが暗殺者だったということは。


 アイラを狙っているのは、うちのボスだ。

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