#070:争鳴な(あるいは、哀しみの振りすなぁ)

 中心となる台座から、正六角形を形作るように張り出された六本の鋼鉄の巨大なクレーンのようなアーム。その先に取り付けられたエアロバイクのような装置の座席部分に各々が中心を向くように座り、その眼前にあるくいっと曲がったハンドルを両手で掴む。


 ペダルに足を乗せ、これで対局姿勢は整った。あとはこれを目一杯こいでこいで、DEPを撃ち合う、という流れなのだろうと思うけど。


桂馬かつらまぁっ、風向きはどうよぉ」


 向こうチームのキャプテン、忠村寺ちゅうそんじが、堂に入った前傾姿勢でこちらを睥睨しながら仲間に聞いている。両チームは中央を挟んで相対するように半々に分かれてこの装置に乗り込んでおり、忠村寺はチーム3人の真ん中に位置する。


「……まあ、空調が若干追い風気味っちゃあ、気味だが。あまり関係はないだろ」


 向かってその左、一貫して落ち着いた佇まいの桂馬がクールにそう返す。サドルに跨り、腕を組んで開始の時を静かに待っているようだ。うん、すごい余裕を感じさせる。


「どうでもいいが、足引っ張んなよ、二人とも」


 おっとぉ、男勝りのドスの利いた声で制したのはレーゼちゃん、いやもう、レーゼさんと呼ぶべきか。勢いをつけての呼吸を繰り返しており、しなやかなフォルムから迸るハンパない気合いを感じる……


「両チーム、ライドオン完了っ!! 対局前にルールを再度確認します!」


 荷台部分に巨大なディスプレイが設置されているトラックが僕らの乗る六角装置に横付けされた。そしてその正に荷台の所、ステージのように張り出された足場に実況のリアちゃんは移動していた。その背後のディスプレイは6分割されて、僕ら対局者の全身がアップで抜かれているわけで。うわー何か恥ずかしいやら、恐ろしいのがいるやらで、僕の困惑に拍車がかかる。


「この対局、制限時間は無しのデスマッチ方式となります!! 開始の合図と共にペダルを漕ぎ始めることになるわけですが、途中決して、漕ぐのをやめてはいけません!! その時点で失格となります」


 そ、そんなルール初めて聞いたー。しかもデスマッチとは。何やら不穏な空気が漂ってきたぞ。


「そしてサドルからお尻が離れても失格となります。すなわち立ち漕ぎ禁止!!」


 うーん、地味にいやな細則が追加されていくー。


「着手権は先ほど申し上げましたが、『平均時速15km以上』の時のみっ……ですが、今回は両チーム共に女性がひとりずついらっしゃいますので、『12km以上』に、おまけしておきますね」


 えっ!! もしや僕がカウントされている!? このメイク、この外見だと、そんなにも恩恵を受けることが出来るのか。こんな贔屓、はじめて。よっしゃラッキーだ、と心の中で僕がほくそ笑んだ瞬間、


「不要だ。こちらは『15km以上』のままでいい」


 レーぜさんがまたも腹から響かせる声でそう告げる。何という威圧感。


「えっ、……えじゃあ、はい、そういうことで。ナンバー29は『15km』、でいいんですね?」


 その迫力に気圧されながらもおずおずと問いかけるリアちゃんに、無言の頷きを返すレーゼさん。うーむ、よほどの自信だが、これは大きなアドバンテージでは?


「くぉるあああああっ、この節穴審判団がぁぁぁぁぁっ!!」


「こっちが可憐な美女メイド三人衆なのが目に入らねえのくぁぁああああああっ!! 全員分差し引いて『6km』にせんくぁぁぁぁっ!!」


 両隣から発せられた見苦しい抗議は全く相手にせず、


「チーム全員のペダルがコンマ1秒でも早く止まった方の負けです。それでは開始しますっ」


 リアちゃんが右手を高々と上げ、スタートの合図を切ろうとする。ううわ、ついに、ついに始まる!! とりあえず、漕ぐしかないのは確定だ。よぉぉぉし、いくぞぉぉぉっ!!


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