#019:壮絶な(あるいは、凄絶な)

「……少し昔の話をする。小中高とあだ名が『ブタジュン』だった私は、周りの級友たちからは人間として扱われてなかった。無視されたり仲間はずれは普通のことで、意味なく蹴りを入れられたり、裸にされて体に落書きされたこともあった。常態化したいじめに対し、私はそれが当然と思い込むことでやりすごす術を身につけ、日々を過ごしていった」


 そんな……嘘ですよね? でもその表情からはそんな感じは受けない。この人にそんな過去が……カップを口に運びながら、カワミナミさんはさらに続ける。


「勉強だけは出来たので、高校は最難関レベルの進学校を目指し、運良く受かった。ここでは程度の低いいじめなど無いだろうと少しの期待もしつつ、はじめの内は割と溶け込んでいた。しかし、どうしようも無かったことだったが、注意深く隠していたものの、ふとしたことで私が同性愛者だということがクラス中に知れ渡ってしまった。謂われないいじめを受ける日々がまた始まった」


 同性愛……それも衝撃ではあるけど、さらにさらに、


「……思春期の男子校で、これほどのネタは他にない。私は性的なからかいの対象となり、気持ち悪がられ暴力にさらされた」


 何度目かの衝撃が僕に刺さる。男子校? 男子校って言いましたよね?


「そしてある日ついに、それがエスカレートした。放課後の部室で大勢の男に囲まれ、私は全裸にされ、殴られたり、ロウソクを垂らされたりもした。胸を乱暴に掴まれ、性器を蹴られ……意識を失った私が翌朝発見された時、全身にくまなく打撲の跡が広がり、肛門にはモップの柄が突き立っていたそうだ」


 声が出ない。それほどの過去があってこの人は……それをこうして平然と話せるまでに至っているとは。


「私を襲ったやつらは停学1週間のおとがめのみ。警察沙汰にもならなかった。まあよくある話だ」


 よくはない。全然良くないじゃないですか。でもカワミナミさんの口調は変わらない。


「私は学校に通えなくなった。行こうとするだけでえずきが止まらなくなったんだ。そこの時点でまっとうに生きることは諦めてはいたが、私は遅い子だった。もうすぐ還暦を迎える両親に心配をかけたくなかった。何かそういうところだけ気にしていたんだな。意味がわからないとは思うだろうが」


 わからなくても、カワミナミさんの苦悩とか閉塞感とかは伝わってくる。


「学校に行くように装いながら、学校とは逆方向、井の頭公園の池のほとりにぼんやりと座って時間が過ぎるのをひたすら待っていた。毎日。雨の時は傘を差して。そうして、ああ死ねたらなあ、どういう死に方が後腐れないんだろうなあ、とか、ずっと思いを馳せていた」


 すっかり冷めたコーヒーの油の浮いた液面を見つめながら、僕は相槌も打てなくなっている。


「そんな時、あの二人に会ったんだ。アオナギとトウドウ。彼らは昔から変わらないよな。勧誘されたんだ。『日本一を目指さないか』『あなたさんなら天下を獲れやすぜ』みたいにな」


 あの二人の成長性がゼロっぽいのは僕も身をもって体感してるけど、あのやろう勧誘の仕方もテンプレじゃねえか。騙されるな、僕。


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