#008:存外な(あるいは、日本名勝巡り)
「チーム結成の儀も済んだところで、少年、ひとつ聞いてもいいか?」
アオナギは先ほどからは日本酒に切り替えて、ひとりちびちびとやっている。
「……カネが入り用って感じがひしひし来たんだが、何でだ?」
そしてその質問は来ると思った。思ってたから当然答えも用意してある。
「母子家庭ってこともあって、お金は必要なんですよ。高い都内の私立に通わせてもらってもいるわけですし」
無難な答え。嘘ではないし。
「ふうむ母子家庭……そこらへんからも何かいい『武器』があるかも知れないですなあ、あなたさんならば」
丸男が言うが、武器、か。何かプライベートを切り売りするかのようで、何とも言えないけど。いや、もうここまで来たら割り切ろう。割り切るんだ。
「ま、何にせよ、お前さんがやる気になってくれたんだから良しだ。狙おうぜ、大金をよお」
アオナギは言いつつ弾痕のようなものが画面に穿たれたスマホを尻ポケットから取り出すと、何やらいじくり始めた。
「さっそくエントリーしとこうぜ少年。ええと、氏名・年齢・住所・電話番号をくれ」
画面をスクロールさせつつアオナギが聞いてくるが、やっぱりそういう情報は登録必要だよね。うう、またもこの瞬間が来てしまったか。仕方ない。どうせいつかは通る道。
ジョッキを脇に置いた僕は意を決し、
「室戸……岬」
しかし小声でぼそりと言う。うーん、名乗る瞬間はいつもちょっと緊張してしまうな。
「え?」
アオナギと丸男の声が重なる。そうだろう、大抵聞き返される。はいはい、仕方ないな。
「
開き直って腹からの大きな声で自己紹介してみた。
※室戸岬(むろとみさき)は、高知県室戸市に属し、太平洋(フィリピン海)に面する岬。国の名勝(1928年指定)、および室戸阿南海岸国定公園に指定されている。 北緯33度14分34秒東経134度10分35秒(以上Wikipediaより抜粋)。
ふうぅ。まあ、本名なのだからしょうがない。この名前に対する嘲笑・からかい・その他諸々は、いやというほど受けているので慣れてるし。しかし、
「……グレイト。グレイトフル」
アオナギはにんまり笑顔は見せたものの、盃を持ったままの人差し指を僕に突きつけ、なぜか満足げな表情だ。
「ず、ずりいぞ! 何で二物を与えられてやがるんだよぉぉぉぉ」
そして丸男の不服そうな憤り(+咆哮)も謎だ。あれ? ここは笑うところでしょ?
「……名前ネタだけで初戦はあっさり持ってけそうだな。いや、持ってるヤツは違うねえ」
「ネタ」か。なるほど? すべてがネタになるって訳か。少し僕は胸に痛みを感じる。
「しかし……こんな……不条理……おかしい……おかしいだろうが……」
一方、一点を見つめぶつぶつ言い始めた丸男。そんなにうらやましいのか?
「まあ相棒、落ち着けよ。『母子家庭』と少年はさっき言ってただろ。いろんな事情があって母方の姓になったゆえの……この名前かも知れねえわけだ」
カッと盃を煽ってアオナギが取りなすように言い、丸男の肩を軽く叩く。
「な、なるほど……そ、そうか。すまねえ。取り乱しちまった」
普段が取り乱しているような人間からそんな言葉が出てくるとは。だけど、
「ま、母の別れた男は『宗谷』っていったんですけどね」
※宗谷岬(そうやみさき)は、北海道稚内市にある岬。日本の本土最北端の地。日本国政府の実効支配の及ぶ範囲で、一般人の行く事のできる最北端の地である(以上Wikipediaより抜粋)。
このやろうぅぅ、と泣き怒りの形相で殴りかかってきそうな丸男を、口角が吊り上がりっぱなし笑顔のアオナギが、まあまあとなだめている。
でもコンプレックスだったこの名前でこんな反応とは。何だか僕も少し笑いたくなってきた。
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