第6話 ハートを使うなハートを

「お邪魔しました」


「はーい、また明日ね」


「おやすみなさい」


「おう……」


 玄関で見送る一姫と百花に別れを告げ、青大はパタンと玄関のドアを閉じる。


「ハルにぃ元気なかったですね」


「うーん、元気がないというか上の空? 考え事というか……」


 ポツリと呟いた百花の言葉に一姫は人差し指を顎に当てて考え込む。


「理由は多分察していますけど……」


「春菜ちゃん?」


「おそらく……」


「やっぱり行動力あるねー、あの子」


「はい、尊敬します。私には全くないものですから」


「典型的なリーダーシップ型よね、誰にでも明るくて纏め上げるカリスマ性があるって感じで」


「お姉ちゃんも充分あると思いますよ」


「あら? 珍しく褒めてる?」


 目を細めて挑発的な笑みを百花に向ける。


「褒めてますよ」


「そ、そう……それで春菜ちゃんに連絡取らなくていいの?」


 珍しく素直で直球的な言葉に一姫は少し照れて、百花から視線を外した。


「それはやめておきます。急かしているようで悪いので……それに春菜さんから連絡すると言ってましたので」


「じゃあ、なるようになるまで春菜ちゃんを信じて待つしかないんじゃない?」


「そう、ですね……やっぱり私って、すごく嫌な子ですよね……やってることが卑怯です。春菜さんに対してもハルにぃに対しても。これじゃ嫌われても仕方ない……ですよね」


 百花は俯き、今にも泣きそうな声で途切れ途切れの言葉を紡いだ。


「どうして? これは百花と春菜ちゃん自身が決めたことでしょ? もっと自身持ちなって! それにこんなことでハルくんも春菜ちゃんも嫌ったりしないよ。もし、これで百花になんか言って来たら私がぶっ飛ばしてあげるから」


「逆にぶっ飛ばされちゃいますよ」


「……。じゃあ最終兵器でお父さん出しちゃお」


「フフッ……それなら安心ですね」


「お姉ちゃんに任せなさいって! さてと……私はお風呂に入りますかね」


 そう言いながら一姫は洗面所に向かおうとするが、ピタリと足を止めて、まだ玄関に佇む百花へと振り向く。


「あ、百花」


「なんですか?」


「ちゃんと頑張んなさいよ」


「はい?」


 何の事だか……と分からない表情で首を傾げる百花に一姫は微笑んだ。


「なにって、ハルくんのことよ。油断してると誰かさんに取られちゃうかもよ?」


「ちょっ! バッ、バカ言わないで下さい! 別にそういう意味で言ったわけじゃ!」


「そう?」


「もう、からかわないで下さいよ! 私は部屋に戻りますね」


 ドンドンとわざとらしく足音を立てて、自室へ向かう百花の後ろ姿を目で追いながら一姫は自嘲気味に小さく呟いた。


「……。あの子ったらあれで隠してるつもりなのかしら」


 ピコン! メッセージ着信の通知が鳴り、一姫はその場でスマートフォンの画面を覗く。


「あ、ハルくんからだ」


 通知先の名前を見て、ついニヤけそうになってしまうのをグッと堪える。


「これは気分転換のチャンスかも」


 メッセージの内容を見てボソッと呟いた。


「け、決して抜けがけじゃないから、あくまでハルくんのためであって私のためじゃないから!」


 自ら言い聞かすようにしてスマートフォンのディスプレイを食い入るように眺めながら、誰もいない廊下で一人、悶える姿がそこにはあった。


 ◆


 中野家を後にすると外はもう完全に闇に包まれていた。歩きながら上を見上げると、大阪にいた頃とは、比べ物にならないほどの星が瞬いているのが、一目瞭然だ。


 青大は中野家からまっすぐ帰宅せず、コンビニへ行く道中、そう言えばと思い出してポケットからスマートフォンを取り出す。


「うげっ!」 


 めちゃめちゃ通知来てるやんけ……。それほどに爆睡をかましていたのかと改めて気付かされ、頭を抱える青大は一姫からのメッセージが未読のまま数件溜まっているのを確認する。


 中野一姫:ご飯もうすぐ出来るからそろそろ来てー!


 中野一姫:まだー?


 中野一姫:ハルくんもしかして寝てる?


 中野一姫:通話応答なし


 中野一姫:通話応答なし


 そのメッセージを見て青大は冷や汗が流れていることに気が付き、もう遅いと分かっていながらも謝罪のメッセージを送る。


 霧矢青大:悪い、今メッセージ確認したわ


 青大が返信して一分も経たない間に折り返しのメッセージが一姫から届く。


「返ってくんのはやっ!」


 中野一姫:あ、やっと見たんだー! すっごい焦ったんだからね


 霧矢青大:心配かけてすまんかった


 中野一姫:ホントだよー笑。あ、そうだ! お詫びに今度買い物付き合ってよ! ちょうどオイル買いたかったんだぁー


 霧矢青大:オイル?


 中野一姫:あーごめんごめん、楽器のメンテに使うやつなの


 霧矢青大:そんなん一人で行けるやん


 中野一姫:えーお願い! 何でもするって言ったじゃん


 霧矢青大:いつ!? 一言も言っとらんぞ! 耳鼻科紹介したろか?


 中野一姫:えーケチ


 霧矢青大:ケチちゃうわ! ったく、荷物持ちはせえへんからな! 自分のモンは自分で持てよ


 中野一姫:やった! えへへーハルくんそういうところ好きだよ


 中野一姫:スタンプを送信しました。


「ハートを使うなハートを」


 デカデカと主張の強いハートマークのスタンプに青大は苦笑しながら、満更でもない表情でスマートフォンに向かって呟いた。画面と睨めっこしながらそんなやりとりをしていると目的のコンビニに到着した。


「しゃっせー!」


 自動ドアが開くとともに、アルバイトであろう店員の挨拶と聞き慣れたメロディが軽やかに流れる。


 目的の週刊誌を手に取って、目的のページまでパラパラとめくっていく。今まで野球かバトル漫画くらいしかロクに読んでこなかった青大だが、ここ最近連載が始まったラブコメが柄にもなくハマってしまい、密かな楽しみになっている。


 タダでさえ目つきの悪い顔をしているのに、読んでいる時のニヤけそうになる顔を我慢しようとしている様は、例えるなら顔面土砂崩れという表現に近いだろうか。傍から見ればまるで犯罪者の顔のソレだが、本人はそんなことこれっぽっちも気づいていない。※「顔」が多用されている感覚を受けたので。


「失礼、人違いであれば申し訳ないのだが、もしや霧矢かい?」


 至福のひとときに割って入った声は驚く程に低いものだった。その声に釣られるように週刊誌からその声の主に視線を移した。


「え、はいそう......ッ!? か、監督!?」


「おー! やっぱりキミだったか! いやはや驚いたよ。まさかこんなところで再会するなんて思ってなかったぞ! いやー大きくなったな」


「ご無沙汰しております……」


 小学校の頃に一年間だけだが世話になった恩師である監督を目にして、青大は慌てて週刊誌をパタンと少し乱暴に閉じる。


「すごく熱心だったが何を読んでたんだ? ワシは最近の漫画にはめっぽう疎くってな」


「え? あ……あ、えっとバトル漫画です、それより監督どうしてここに?」


 青大は冷や汗をダラダラと垂れ流し、咄嗟に話題を変えた。


「どうしてって、家の近くのコンビニなんだから来るだろ」


「そ、それもそうっすね」


「ちょっと話していかんか? コーヒーくらいなら奢るぞ」


 親指をクイクイっとコンビニの外のベンチを指して一杯どうだ? と言わんばかりに笑顔で青大を促した。


「じゃあ遠慮なく」


 青大は相変わらずの監督の立ち振る舞いに肩を落として苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます