第5話 仲良いな、おい!

「んん……やべっ、寝落ちしてもうた」


 ベッドで横になりながら、昔のことを思い返しているといつの間にか寝てしまっていた。外はもうすっかり日が沈んで暗くなっており、視界は真っ暗になっていた。


「んっ!」


「……は?」


 手のひらに何やらプニっとした柔らかい物体が触れると同時に自分の声ではない何かが聞こえてきた。奇妙な出来事に寝ぼけていた頭はやがて覚醒し始め、青大は慌てて、ベッドに備え付けてあるスタンド型のライトを点けるために手探りでスイッチを探す。


 そして、仄かに辺りをライトによって照らされると、目の前の光景に悲鳴を上げられずにはいられなかった。


「ひっ……! いってえぇぇ!」


 ひっくり返るようにして目の前の人物から距離を置こうとして壁に頭が激突した。


「ッ!? なになに? もう朝!? 寝坊した!?」


 青大の悲鳴に反応して飛び起きたその人物は、薄みがかったピンク色をしたサラサラのショートヘアと群青色のような瞳が特徴的で、青大と同じ学校の制服を着ている。


「寝ぼけてんじゃねえよ! 一姫、いつからそこにいたんや!?」


「いつからって……いつだろ? 今何時?」


「質問に質問で返すなや! 今、十八時……げっ、もうそんな時間かよ」


 うわ……俺、四時間も寝てたん? 青大はその事実にゾッとした。その間にも、隣で眠そうにしている彼女、中野一姫なかのかずきが寝起きの甘ったるい声で話を続けてきた。


「なーんだ、ビックリさせないでよー、もぅ!」


 ゆっくりと動くその唇は、艶めかしさを一層強調させている。


「いやいや、それはこっちのセリフやわ! なんで人んちで、しかもベッドで寝てんだよ! まじでビビって腰抜かすとこやったわ」


「ひっどーい! 電話に出ないから、わざわざ呼びに来てあげたのに人をオバケみたいな言い方して、お姉さん傷つくよ」


「いや、なんで呼びに来たのに寝てんだよ」


「ハルくんがあまりにも気持ちよさそうに寝てたから、つい!」


 てへっ! とした表情を浮かべる一姫に青大は呆れた顔でドッと大きなため息をついた。


「あのさ、自分で言うのもなんやけど、男の部屋に上がり込んで寝るとか論外やぞ。危機感とかないんかよ」


「あれれ、もしかしてお姉さんのこと心配してくれてるのかなー? ん?」


 青大の言葉に一姫は小悪魔的なしたり顔でそう返した。


「いや、そうじゃなくてやな……常識やろ」


「安心して、こんなことハルくんにしかやらないよ、なーんてね。でも、まぁ寝てしまったのは想定外だったけど……生徒会の仕事でちょっと疲れちゃってるのかなー? えへへ」


「……」


 はだけた制服姿でそういうことを言うなや、まじで心臓に悪いわ。青大は言葉に出そうと喉まで出かかっていたのを引っ込める。


 ガチャン。


「お邪魔しまーす。ちょっとー、お姉ちゃん遅い……!? ちょ、ちょっとっ! 何してるんですか!!」


 突然入ってきた彼女が慌てるのも無理はない。若い男女が薄暗い部屋で一つのベッドの上で対面しているのだから。


「あ、百花どうしたの?」


「ど、どうしたじゃないでしょ! 二人とも遅いから心配で呼びに来たら……こんな暗いところでい、一体何してたんですか! ま、まさかハレンチなこと……」


 玄関で唖然として立ち尽くしている中野百花なかのもかは、一姫とは対照的でウェーブがかった長い髪に花柄のヘアピンが付けられている。髪色と瞳は姉と同じ、そんな百花は勝手に二人の現状に勘違いをして顔を真っ赤にさせ、口をもごもごさせている。


「ふふ、私たちが何してたかはヒ・ミ・ツ。ね? ハルくん」


 そんな百花を見て一姫はニヤリと挑発的な笑みを浮かべ、まるで何かありました的な雰囲気を醸し出して青大に振る。


「ヒ・ミ・ツじゃねえよ! 意味深な言い方やめろや。百花も変な想像すんなよ、俺が寝てる時にコイツが勝手に部屋に上がってきただけやからな! そもそもおまえら姉妹揃って勝手に人の家入ってくんなや。プライベートの欠片もないんか!」


「えー、親戚同士長い付き合いなんだからそんなの今更じゃん」


「それが人の家に勝手に入っていい理由にはなんねえよ! じゃあ俺がおまえらの部屋にいきなり上がり込んでも文句ねえよな?」


「「それは絶対ダメ!」」


「仲良いな、おい!」


 クソッ! こんなときだけ姉妹揃いやがってなんなんだ。と、青大は手で額を押さえ、ため息をつく。


「そんなことより早く行きましょ、お母さん待ってますよ」


「そんなこと!?」


「もう、いつまでもカリカリしないの。美少女が二人も部屋にいるんだからもっと喜ばないと」


「あーあー嬉しいなー。これで満足か?」


 青大は真顔のまま表情一つ変えることなく、棒読みでぶっきらぼうに言い放った。


「全然感情が篭ってないように聞こえるんだけど?」


「はぁ……私は先に帰ってますんで二人とも早く来て下さいよ」


「あ、百花待ってよー」


「外で待ってるので早くして下さいね」


 仕方ないですね。と呟き、百花は玄関の扉を開けて先に外へ出ていった。


「ほら、ハルくん行こ」


 一姫はサッと立ち上がり、青大に手を差し伸べる。


「あぁ、そうやな」


 青大は苦笑し、その華奢で透き通るような白い手を咄嗟に掴んで立ち上がった。


「遅いですよ、こっちは練習でもうお腹ペコペコなんですから」


「悪いな、俺が寝ちまったせいで」


 ドアをガチャンと閉めて鍵を掛けながら、青大はバツの悪そうな顔で百花に謝った。少し近づくと、湿った髪にふんわりと甘い香りを漂わせている。練習から帰ってきてから、ここに来る前に風呂に入ったようだ。


「しょうがないですよ、引越しやら入学式やらで、色々とバタバタしてましたから。きっと疲れが溜まってただけですよ、お姉ちゃんがちゃんと起こしてあげてたらこんなことにならなかったんです」


「えー、私のせいなの?」


「そうですよ。それとブラウスのボタンちゃんと止めて下さいよ! キャミ丸見えですよ、あとスカートも捲れて見えそうです」


「えー、すぐそこなんだからいいじゃん。それに下は短パン穿いてるから平気だもん」


「お姉ちゃんが良くても私が嫌なんです! もっと恥じらいを持って下さい」


 そう言って百花は一姫のブラウスを掴み、ボタンを止めようとする。


「もう! ブラウス皺になっちゃってるじゃないですか……」


「えいっ!」


「キャッ!? ちょっと何やってるんですか!」


「百花~また胸大きくなったんじゃない? こりゃCくらいかな?」


 一姫はウリウリと百花の胸をジャージの上から鷲掴みにして揉みしだいている。


 おいおい、この姉妹、男の目があんの忘れてんのか? 俺の存在抹消されてんじゃん。


 本当は目の保養に、姉妹のじゃれあいを眺めておきたいところだが、バレると後々面倒になりそうなので、二人から距離を置きながらポケットからスマートフォンを取り出そうとしたところで一瞬、百花と目が合ってしまった。


「「あっ……」」


 タイミング悪ッ! しかもハモってもうたし……。そんな呑気なことを思っている青大とは裏腹に百花は大きく目を見開き、即座にそっぽを向くと顔を茹でダコのように真っ赤にさせた。


「もう! いい加減放して下さい! お姉ちゃんのバカッ! うぅ……み、見ました?」


 顔を真っ赤にさせたまま涙目で青大に聞いてきた。


「あー……いや、見たと言うか見えたと言うか……」


「やーだ、見蕩れちゃってハルくんのえっち」


「なぁ、俺一ミリも悪くねえよな?」


「ハルにぃ! 今のは記憶から綺麗さっぱり消して下さい」


 百花は懇願するように青大の肩に掴みかかり、ガクガクと激しく揺らしてきた。流石、毎日体を動かしているだけあって、力はそれ相応にある。


「善処する! 善処するから揺らすのはやめてくれ」


「す、すみません……」


 未だ、顔を赤くさせながら百花は向き直り、トボトボと青大の前を歩く。そんな百花を見て青大は一姫に耳打ちする。


「おい、どうしてくれんだよ。微妙な空気になってんじゃねーか」


「あらら、やりすぎちゃったか……でも、まあ怒ってるわけじゃないし大丈夫でしょ」


「ったく、どの口が言っとんねん」


 この自由奔放な気質は昔から変わらず、こうやって一姫に振り回されることは、青大や百花にとっては、今に始まったことではない。


 階段を下りながら、前を歩く一姫は髪をフワリと靡かせ、仄かに甘い香りを乗せたまま振り返り青大に尋ねた。


「そうだ、ハルくん友達できた?」


「え? うーん、今日は自己紹介だけやったしなー、まだなんとも。それより、一姫が生徒会副会長って事の方がビビったわ」


「ふふーん、見直したでしょ? 私これでも優秀だからね」


 えっへん! と自慢げに胸を張る一姫。


「自分で言うところがもう台無しやわ」


「ハルにぃに同意です」


「えー、二人はもっと先輩を敬うべきだと思うなー」


 三人の中で年長の高校三年生である一姫は唇を尖らせてボヤいた。


 マンションのエントランスを出ると、微かだが風が吹いているのが分かる。一姫は自らの二の腕を両手で擦りながら呟く。


「うー、まだちょっと冷えるね」


 賃貸マンションから徒歩一分、道を挟んだ向かいの一戸建ての家、マンションの経営者でもある中野家へと足を運んだ。


「お邪魔します」


「いらっしゃーい、改めて入学おめでとう青大くん」


「ありがとうございます。それに、毎日ご馳走になってしまって」


「いいのよ、気にしなくて」


「早く食べましょ! 誰かさんのせいで冷めちゃいますよ」


 百花はリビングに入るなり颯爽と椅子に座り、まだかまだかとまるで犬が餌を目の前に待てをさせられているようにソワソワしている。


 そんな今にもヨダレを垂らしそうな百花を見て三人が苦笑しながら席に着き、全員が一緒に合掌する。


「「「いただきまーす」」」

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