青春ナイン

ロッキー

第1章『彼ら彼女らは再び邂逅する』

第1話 プロローグ

「「「あと一球!!」」」 「「「あと一球!!」」」


「「「霧矢!!」」」 「「「霧矢!!」」」


 陽は既に落ちてしまい、空は闇に覆われているが、球場はライトアップにより煌々こうこうと照らされ、異様な熱気が辺りを包み、外とはまるで別空間に仕上がっていた。


 観客席のファンからは高揚感、期待感、緊張感、焦燥感、様々な想いが目まぐるしく交錯し、駆け巡っている。


 それもそのはずだ。今、甲子園球場のマウンドに立っている選手、霧矢楓きりやかえではプロで女性による初の完全試合が、あとアウト一つと目前まで迫っているからだ。


 数年前、まずは高校野球連盟、通称高野連の働きで女性も甲子園を目指せる権利得ることができた。そして、爆発的に増えた人口が大きな影響を与え、三年後に女性のプロが解禁された。


 しかし、プロという厳しい世界で生き残るというのは至難の業だ。特に女性は男性よりも何倍も難しく、狭き門であることは間違いないだろう。その逆境の中、現在マウンドに立っている霧矢楓はプロを目指す女性にとっては希望そのものだった。


「姉ちゃん……!」


 そして、関係者席に座って両手を堅く握り締め、祈るようにして呟く少年、青大はるとが固唾を飲んで見守っていた。


 様々な歓声を受け、マウンドに立つ楓が大きく息を吸い、大きな投球モーションに入る。


 その左手から放たれたボールは、右打者の胸元をねじ込むように飛んでいき、まるで球場全体に響き渡るような大きな音を立てて、キャッチャーのミットへ収めた。楓の伝家の宝刀、右打者封じのクロスファイヤーが炸裂したのだ。


 電光掲示板に表示されていたのは151km/hの数字だった。


「ストラァァァイク! バッターアウトォ! ゲームセット!」


 主審のコールに一瞬の沈黙が全体を包み、その後割れるような歓声が駆け巡った。


 女性ではもちろん初の偉業だが、男性を含めても未だに二十人にすら届いていない完全試合を成し遂げた、そんな劇的な瞬間だった。


 そんな楓の弟、青大は自慢の姉といつか、プロの舞台で最強の姉弟バッテリーを組むことが何よりの夢だった。


 また、青大とは離れた席で春菜はるなもまた楓に魅せられていた。初めは野球のやの字も分からなかった春菜だが、いつの間にか楓だけを目で追うようになっていた。その光景を目の当たりにし、感銘を受けて春菜自身もまた、マウンドで輝いている彼女のようになりたいと野球の世界へと足を踏み入れていく。


 これは、野球が結んだ、夢に挫折した少年、霧矢青大きりやはるとと夢を追いかける少女、水無月春菜みなづきはるなとの出会いが紡ぐ奇跡の物語である。


 ◆


 霧矢楓が野球界で歴史的快挙を遂げた日から四年半。


 高校入学式当日。


「マズイ、マズイ! このままじゃ遅刻だよー!」


 そう言いながら、玄関に設置されている全身鏡の前で身なりをチェックする。


「髪型良し、制服良し、忘れ物は多分無しっと……お母さん、いってきまーす!」


「はーい、気をつけなさいよー!」


「分かってるー!」


 慌てて勢いよく玄関のドアを閉める。


 ピコン! 通知音に反応し、自身のスマートフォンのディスプレイを見る。


 百花もかちゃん:おはようございます。春菜さん改めてご入学おめでとうございます。


 水無月春菜みなづきはるな:おはよ! そんでもってありがとねっ! 絶対良い報告持ってくるから期待しててね!


 パパッと素早く返信した春菜は、新しく身を包んだ制服の少し短めにしたスカートのポケットにスマートフォンをしまい、パンパンと両手で自らの頬を叩き、気合いを注入して表情を引き締める。


「さて、行きますか!」


 その力強い声は誰に聞かれるでもなく、快晴の空へと消えていき、春菜は学校へとその大きな一歩を踏み出した。

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