なみだとメモリーカード_後編
瀬際との長年の付き合いから鹿志村隼人は、小学校時代に起こった事件の真相を追っていた。
スクリーンに映し出されたのは、隼人にとって意外な人物だった。
「マジ、なんですか? この人物が俺たちが探していた……」
「隼人、焦るなって。まだ続きがあるって」
大声の彼の発言を制した瀬際はじめだった。
乾は続きを話しはじめる。
「鹿志村くんが驚くのも無理はない。犯人は捕まえた時に職業など報道しないからね」
「そうですよね……」
と愛想よく瀬際が言った。
「まさかね、意外なものね……」
笠臣は、意外にも深刻な表情を浮かべていた。学校関係者でありながら、という憤りもあったのかも知れない。
さらに乾は説明を再開する。
「当時、校長としてこの人物は君らの学校に赴任してきた。まさか、校長になりすますなど、考えつかないさ! そして、当時、君たちのクラスの中にいた
「キナミ……?」
隼人は違和感をもった。自分の記憶の中にある人物と別人だったからだ。
「本当にキナミ、なのか……?」
「ああ、間違いない……」
乾は、隼人の問いに有無を言わさずきっぱりと否定した。
「というのも、目的が、その少女の祖父にあたる藤十郎の作品にあったからだ」
「作品? その藤十郎という人は芸術家か何かですか?」
「職人だ! いわゆる人間国宝というぐらいの」
「人間国宝?!」
瀬際が隼人に振り向いた。
「おれもまさか、と思って調べてみたんだ! それによると『からくり時計の職人』ということがわかった」
「けど、それがバスジャック……とどんな繋がりが……?」
隼人が疑念の表情に彩られた。ダミ声の笠臣が、オネェ言葉を浴びせてくる。
「ん、もう……ソウちゃん、あの時のこと、忘れちゃったの!? 一度だけ授業でからくり時計を見せにきてくれたでしょ! 本人が……」
そうだったか……? と訊き返し、隼人はまるで当時のことを覚えていなかった。
「あたしは鮮明に覚えているのよ。はじめちゃんとかが熱心にからくり時計の構造を見ていたでしょ!」
よく憶えていたな、と言わんばかりの顔になる。
「でも、その後よね……? あたしたち全員を誘拐する必要ってあったのかしら? その辺が腑に落ちないのよね。考えられるとするなら……」
瀬際が笠臣の疑問に対して、自信のある顔で話しだす。彼と同じ推論になったようだった。
「はっ、はっ、そういうことだ! 笠臣のいう【からくり時計の授業中】に
「だから、クラス全員を誘拐する必要があった……? なんか、面白い展開になりそうですね」
外野で聞いていた専門学校生のバーテンダーが言った。その声にみんなが彼女の方を向く。
「みんなスクリーンの前に集まってて、わたしだけカウンターに残されて、なんかさみしくて……」
「聞いててもいいが、外で口外しないでくれよ!」
「りょーかいです!」
というと乾に向かって敬礼した。
「それで、瀬際さんが考える犯人の【予期しない出来事】って何なんですか?」
興味津々に女学生は、瀬際の近くまでくる。
「具体的には何だったかまではわからない。俺が考えていたのは、当時の『木波藤十郎』という人物と、からくり時計を作った目的さ。犯人は、おそらく、からくり時計の内部に隠された何かを狙って、計画を練っていたことが頓挫してしまった。何とか目的のからくり時計は手に入ったが、隠された何かがどうしても見つからない、ということになった」
続けざまに隼人が説明した。
「そして、仕方なく、目的のからくり時計を触れたであろう、俺らクラス全員を誘拐して、陰の真犯人が片っ端から探すように命じてきた」
隼人の推理に助言のごとく乾が言葉を口にする。
「瀬際くんと鹿志村くんの推理は、ほぼ当たっている。命じられた人物が、君たちの学校の元校長というわけだ! 彼は、誘拐犯たちを陰であやつり、学校行事を利用してバスジャックと監禁事件を起こさせた」
深刻な表情で隼人は、乾に問いただした。
「今のを聞いて、ある程度事件のあらましに辻褄が合いましたけど、ここまでは俺でもたどりつきました。問題はここからの新情報です。どういう情報なんですか?」
「うむ、当時君たちは子供だったから、犯人である元校長だったことは、マスコミには伏せられていたからな。卒業式の席で教頭先生から証書を受け取った時には、違和感があっただろう」
少し間をおくと、瀬際に目で合図をうながす。乾はPCを操作して、次のスライドを投影した。
瀬際はじめが、乾のスライド準備の間に、蓄積された情報の前置きを話しはじめた。
「ここまでは、マスコミでもある程度報道された内容だ! 本題はここからなんだ!」
笠臣とバーテンダーの専門学校生は、ごくりと唾を飲み込む。店の中に緊迫感が漂い、静まりかえった。
「これは、情報屋から仕入れたことなんだが、からくり時計の中に入っていたのは、『マイクロSDカード』だったことがわかった」
瀬際はじめが自信を持って話し出した。
「マイクロSDカード? そんなもんあの時計にあったか?」
隼人は真っ先に疑問を呈した。
ひとつ頷くと、
「俺も当時は気づかなかったさ。子供でも見つけづらい死角に蓋つきのポケットが設置させていたんだ! しかも、人目を盗んで俺らが誘拐された時には回収されていた!」
「それじゃ、そのマイクロSDの行方も?」
瀬際はゆっくりと頷きをみせた。
「ただ、隼人の知り合いに警官がいなかったか?」
急な瀬際の問いに、知り合い? と疑問符の浮かぶ表情をする。
「まぁ、いるっちゃぁいるが……だけど、カードとどういう関係が? まさか……!?」
「彼が当時学校の見回りの際に、職員から預かっていて保管していたんだ!」
「保管……?! ちょっと待てよ! 今でも持っているってことなのか?」
乾が瀬際に代わって続けた。
「ああ、今日、約束していて、くることになっている。最近、退職したらしくて、職を探しているといってて……」
その時、玄関の方で声が聞こえてくる。
「ちょうどいいタイミングだな……」
乾は玄関の方を振りむき向かった
「見てきます!」
足早に学生バーテンダーも玄関先へと向かった。
「……ですか?」
導くように専門学校生は、入ってきた客人を誘導した。
縁の広い帽子に背広姿の男性があらわれる。年齢を感じさせない背筋の伸び方と長身は、ほのかに薄暗い店内でも一目で好印象にうつった。
隼人にとって、子供の頃に出会った印象のままだった。
「タカ、にいちゃん……?」
記憶が鮮明に甦ってくる。当時隼人は藪の中に行っては、怪我をして帰ってくることが多かった。丸1日外であそび行方知れずになるところを交番に保護される。ジョンという飼っていた犬の死というものを目の当たりにした時も、そばに寄り添い、年上の兄のように慕っていた。
隼人には、壮年の男がいまだに自分にとって兄同然に思えていた。記憶と同調した中で、感慨にふけり、懐かしさのあまり両眼に涙がたまりはじめていた。十数年来の再会に、忘れ去られた涙が込み上げてきたのだ
「ひさしぶりだな、ジュン坊!」
ちらほらとみえる白髪混じりの壮年の男もまた記憶を
女子学生のバーテンダーももらい泣きするように、ハンカチで眼から溢れる涙を拭き取っていた。
「タカ兄……タカ兄だったのか、カードの持ち主っていうのは……」
「ああ……、当時は忙しく走り回っていたからな。学校の先生に渡されたまま、すっかり忘れていたんだ。駐在で書類にも書き忘れて、1年ぐらいしてから何だったのかを思い返したほどだから。その時には、君も中学にあがっていた。いまさら掘り返すのが怖かったんだ!」
元警官がしゃべり終わったのを見計って、乾が近くまでくる。
「
乾と坂元は固く握手を交わした。
「こちらこそ。ひさしぶりの事件の空気に触れるのが待ちきれなかったですよ」
乾は少し苦笑いした。
「いま、当時の事件の整理をしていたところで、ちょうど、あなたの話題もあがったところだったのでいいタイミングでした」
「タカ兄も、あの事件に……?」
「まぁな、SDカードを機に最近、不審なことがあって……それと……」
「……ジュン坊はとっくに忘れてしまったかも知れないが、ジョンの死について言い忘れていたことがあったんだ!」
乾がふりかえり訊き返した。
「ジョン……? というのは?」
「彼が子供の時に飼っていた犬の名前なんです。すごく賢い犬だったのを覚えています。シェパード犬で訓練されていました」
「俺と相性が良かったから、いつも一緒だったんですが、台風の夜に姿を消して、次の日に見つかった時には……」
「あの犬は、『何かあれば必ず吠える』ほど敏感なので、誰かに連れ去られた、と彼はいうんです。その後、手がかりが全くなかったのですが、ジョンの遺体を最近になって調べたら、サバイバルナイフで数ヶ所さした痕跡が見つかったのです。ですが……」
店内が重い空気に包まれた。
乾は隼人の肩に手を置き
「鹿志村くん、犬のこともあるだろうが、いまは、目の前にある事件の真相を解き明かそう!」
笠臣がいい放つ。
「そうよ、『元校長の背後にいるヤツら』をブン殴らないとあたしは気が済まないわ!」
鼻息を荒くして力をみせつけた。
そうなんだ、いまはSDカードを早いところ解析して、黒幕の正体をはっきりさせなければ、と隼人は決意の表情をした。
完
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