§05 黒の怒鎚

014▽階段の途中



 ―― コツコツコツ……、と石階段を上がる靴音が、細長い空間に反響する。


 <天祈塔バベル>の外壁の内側に沿う形で設置された、大回りの螺旋階段を登り続け、ようやく3階の入り口が見えてきた。


 その薄暗闇の階段を、教科書を片手に上り続けていた、先頭の少年・アヤトは心配げに後ろを振り返る。


 「椿、へばってないか?」


 先ほどから石造りの階段に響く、少女の息切れが気になったのだ。 


 「うえーん、マスターぁ。

 わたし、もう、限界でーすっ」


 三つ編みの少女は、戦闘用槌ウォー・ハンマーの柄を杖代わりにして、荒い吐息を繰り返しながら最後尾をついてきていたのだが、先頭を行く少年の目線に気づくと、疲労困憊ひろうこんぱいの果てに全てを投げ出すような口調で訴える。


 「マスター、甘やかさないで。

 それに、限界なんて言っていられる間は、まだ大丈夫だから」


 しかし、姉は呆れのため息と共に、妹の泣き言を一蹴。


 「そもそも2階の<大鋏ニッパー>ごときに、あんなに時間をかけるから……」


 「隊長ぉ~、そんな事言われても。

 あのカニのハサミ、こんなにおっきいんですよ?

 体だって、こんなに ── わたしの腰くらいの高さで、甲羅だけでもコタツのテーブルくらいあるんですよ?

 そんなのが10匹も20匹も群れてくるんですよ!?」


 椿は、殺到する巨大甲殻類の群れを思い出したのか、再び涙声。


 「何が 『10匹も20匹も』 よ。全部で4匹、残りは<骸骨闘士グラディエーター>だったじゃない。

 それにあんなの、ひっくり返して腹を叩けば一発よ。

 ああいうタイプは基本的に薄底だって教えたでしょ?」


 「ムリですぅーっ

 絶対あれ、胴体だけで100キロ以上ありますっ

 ひっくり返すとか無理ですっ

 それに、やたら素早いし、あんなハサミで挟まれたら、腕とか足とかチョキンって、骨まで切れちゃいますよぉっ」


 「情けないわねー。

 昔なんて、小銃とナイフだけだったのよ?

 銃弾は角度が悪ければ跳弾するし、スチールやステンレスのロングナイフは、あの甲殻相手じゃ刃こぼれする。

 実験部隊だった頃なんて、外装駆動Jドライブすら無かったから、完全生身よ?」


 「ううー……っ

 でも、でも……っ」


 姉に言い負かされて、三つ編みの少女はうつむき消沈する。


 その様子に、アヤトは少し逡巡したあと、参考書を片手に広げたまま紅葉に耳打ちする。


 「……なあ、紅葉。流石に椿1人ってのは、厳しいんじゃないのか。

 お前らって、基本的に2人1組なんだろ。

 それなら、赤音あかねあたり連れて来て、組ませた方が無難じゃないか?」


 「まあ確かに<DD部隊わたしたち>は二人組ツーマンセルが行動の基本だけど。

 この子の場合は、判断力や決断力に問題があるから、スパルタだけど、初戦でファイトアローン……って日本語で何て言うのかしら……

 孤独? 孤立無援? みたいな状態?

 ……まあ、それを経験させて慣れさせようかと思ったのよ」


 「はあ……?」


 声を潜めて返す紅葉の言葉に、アヤトは小首をかしげる。

 理解力のない主人に、<DD部隊>の内、隊の一つを預かる小隊長である黒髪美女・紅葉は、眉間にしわを寄せ、ため息。そして、かみ砕いて言い直す。


 「ええっと、だからね……。

 ……この子、ちょっとトロいでしょ?」


 アヤトは、椿が1階の戦闘 ── 先ほどの骸骨がいこつの魔物・<骸骨闘士グラディエーター>との闘いで、敵を持て余して右往左往していた姿を思い出し、うなずく。


 「まあ、命令されてない時は、ちょっとトロいな」


 「そうなのよ。この子、基本的に受け身というか、命令待ちな性格なのよ。

 軍隊とかの縦社会の組織は、上位の命令が絶対だから、命令に従順って事が悪いわけではないけれど。

 ── でも、命令されなければ動けないというのは、良い事でもない。

 特に臆病とか弱気な部分も影響してて、自分で決められない、って性格の場合はね。

 そういう性格の子の場合、孤立したらテンパってすぐ死んじゃうから、今の内に鍛えておこうと思ってね」


 「はぁー……色々考えてるんだな、お前ら」


 感心しきりのアヤトの言葉に、紅葉は小さく肩をすくめる。


 「……まあ、猪突猛進ちょとつもうしんの誰かさんに、そういう気遣いを求めても無駄だってわかってるから」


 そして、教科書を片手にうなり声を上げる主人には聞こえないように、小さく毒を吐いた。

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