第二十章⑤ 彼を変えたものは
その時、遠くから音が聞こえてきた。最初は爆発音。そして悲鳴が聞こえ始め、それはすぐに大規模なものとなっていった。
壁の大穴からザンが外を見て、驚愕する。
「何てことだ……。“アドゥラリード”がデルンの街を破壊してるぞ!」
都市全体が、破壊と、それによってもたらされる恐怖に押し潰されていく。あちらこちらで火の手が上がり、もうもうと煙が巻き上がる。
巨大な鳥のような怪物が飛び廻っては、街に向かって破壊光線を撃ち、或いは自ら飛び込んでいった。建物が崩れ、本来上に向かって伸びるはずのものが、水平に広がり、街を、そして人々を飲み込んでいく。
「“アドゥラリード”を倒さねば、未来が大変なことになってしまう」
オレディアルは魔導銃剣を手に、壁の大穴から飛び出していった。彼は“飛行魔法”が使えるのだ。その大穴は地上から非常に高いところにあったが、彼はその高度を維持し、遠くで破壊活動を行っている“アドゥラリード”のもとへと向かった。
続いて、ザンとフリアとソディが飛び出していく。
ウェルディシナとディリアはその後に続こうとしたが、ベブルがまだファードラルに止めを刺していないので、それを見届けるため留まった。
ファードラル・デルンの様子が急変する。
「待ってくれ、リーリクメルド。俺はまだ死ねぬのだ。“アドゥラリード”を滅ぼさなければ……」
「はあ? お前、なに寝言言ってやがるんだ。お前はここで死ぬんだよ」
ベブルは容赦なく拳を掲げた。だが、ファードラルはベブルに縋りつく。
「頼む、リーリクメルド、後生だ。俺には、この街を破壊させるわけにはいかんのだ。どうしても、この街だけは……」
ファードラルの言葉は、ベブルの癪に障った。ベブルは彼の襟首を掴み、引っ張り揚げた。
「てめえ、自分で一体どれだけの街を潰したと思ってやがるんだ。ノール・ノルザニ、ジル・デュール、シムォル、それにヴィ・レー・シュトだ。それだけ潰しておいて、それだけ殺しておいて、てめえの街は壊されたくねえってのか。ふざけてんじゃねえよ!」
ベブルは空いているほうの手で、ファードラルを殴り飛ばした。あまりの痛みに、ファードラルは立ち上がれずに、倒れたまま呻きをあげていた。
ベブルの憤激は収まらない。
「立て、立てよ、オラ」
ベブルはまた、襟首を掴んでファードラルを引き揚げた。そしてまた、殴り倒す。
血が飛んだ。
ファードラルの帽子は離れたところに飛んでいってしまった。
床を這い、起き上がろうとするファードラルの口から、止めどなく血が流れる。床の上に、
「この街、だけは……」
「馬鹿じゃねえのか」
身を起こそうとするファードラルの頭を掴み、ベブルはそれを床に叩き付けた。また、赫が飛び散った。
「後生だ、この街だけは……、どうしても……」
ベブルはファードラルの横に屈んでいた。そしてまた、その頭を掴んだまま、無言で床に叩き付ける。
「守ら……なければ……」
また、叩き付ける。
「どうしても……、ここだけは……」
叩き付ける。
「救わなければ……、ならないのだ……!」
血に染まった銀髪を掴まれた状態で、ファードラルはベブルを睨み付けていた。そして、その目からは、燃えるような涙が流れていた。血で真っ赤に染まった頬の上を。
ベブルは無言で、その顔を見ていた。もはやこれは睨み合いだった。彼はようやく、静かに口を開く。
「お前、生き残って、なにがしたいんだ?」
「この都市を破壊から守る。それのみだ」
「じゃあお前。“アドゥラリード”を始末したら、俺がてめえをぶち殺してやる。デルン市民の前でな」
ベブルはファードラルの髪を掴み、自分の顔の前に引っ張り上げた。
「構わん。好きにしろ」
「……勝手にしろ」
ベブルはファードラルの髪を離した。そして立ち上がり、壁の大穴のほうへ歩いた。
ファードラル・デルンはよろめきながら立ち上がり、落とした帽子を拾うことなく、彼もまた大穴のほうへと向かった。血に濡れたまま。
ウェルディシナとディリアは、そこまで見届けてから、“飛行魔法”で飛んでいった。そしてそのあとから、足取りの覚束ないファードラルが飛んでいく。
デルンタワーに残されたのは、ベブルとフィナだけだった。ベブルは、彼を待っていたフィナに言う。
「デューメルク、頼みがある」
「飛ぶか」
「ああ。俺は魔法で飛んだりできねえ。お前に運んで貰いてえんだ」
「わかった」
フィナは了解し、魔法を使って、翼竜アーディをつくり出した。彼女はそれにベブルを掴ませた。
「行く」
「ああ」
ベブルは翼竜に掴まれたまま、空を飛び始める。
++++++++++
ベブルは、後ろを飛んでいるフィナに言う。風が強いので、大声を出さなければ彼女には聞こえない。
「デューメルク。奴の上に俺を落としてくれ! 間違っても近づきすぎんじゃねえぞ!」
ザンとフリアとソディ、そしてオレディアルは、それぞれ武器を手に、“アドゥラリード”に斬りかかっていた。だが、空中戦になったことで、“飛行魔法”に使う魔力の消費が激しく、武器の威力のための魔力が十分ではなかった。それに加えて、相手の魔力障壁の防御力が更に上昇している。圧倒的に不利だった。
“アドゥラリード”は地上だけでなく、上空に向かっても、当り構わず“キャノン”をばら撒いている。迂闊に近付こうものなら、それで焼き殺されてしまう。怪物は雲の上まで飛んでは、また急降下して街に突っ込んでいく。そしてまた、空へと舞い上がる。街はまるで、隕石孔のように窪んでしまう。
都市では、あちこちから火の手と、そして煙が上がっていた。その煙によって、あっという間に空が黒く汚れていく。悲鳴が響き渡る。ベブルには、小さな粒のように見える人々が、蟻の大群のようになって逃げているさまが見て取れた。そこへ建物が崩れ、破壊光線が降り注ぎ、或いは巨大な怪物そのものが落ちてくる。
帝都デルンは、“黒風の悪魔アドゥラリード”たった一頭のために、いままさに滅ぼうとしている。恐怖と混乱と絶望の
ウェルディシナとディリアは、飛んできたものの、一切手を出すことができなかった。どんな魔法も、“アドゥラリード”の魔力障壁に掻き消されてしまうからだ。
オレディアルとザンとソディ、そしてフリアの攻撃も、完全体となった“アドゥラリード”には、ほとんど無効に等しい状況だった。唯一、ザンの魔剣『ウェイルフェリル』だけが効いているような様子がある。
フィナがベブルを落とす。ベブルはかなりの距離を自由落下して、“アドゥラリード”へと迫った。このまま行けば、怪物の魔力障壁の上に落ちることになる。それは、攻撃を仕掛けるには最高の場所だった。
ところが、“アドゥラリード”は急上昇を開始し、ベブルをかすめ、撥ね飛ばして飛んでいった。これでは、彼は真下の瓦礫の山に突っ込んでいくことになる。幾ら頑丈だといっても、この高さから落下したのでは非常に危険だ。
すかさず、フィナが空中で召喚の呪文を唱えた。すると、落下中のベブルは彼女の前に転送され、それを彼女が両腕で受け止める。“召喚の魔法”は、事前に準備の魔法を掛けておけば、なんでも傍に呼び出すことができる。とはいえ、この状態で彼女がベブルを支え続けるのは、彼女の腕力から考えると不可能だ。彼女は落としそうになる度に何度もベブルを召喚し直した。
ベブルには、なかなか攻撃の機会がやって来ない。その間にも、オレディアルたちが斬り込んでは間合いを開けて“アドゥラリード”から逃げていた。このころでは、怪物は、街を破壊しながら同時に自身を攻撃するものに向けた魔法攻撃を行っていた。ようやく、自分を攻撃するものの存在に気がついたというところだろう。
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