第二十章④ 彼を変えたものは

 マナのほうは、ザンたちと元『銀の黄昏』のほうへ、じりじりと詰め寄っていた。


「面白そうだねえ。誰から相手してやろうか」


 そこへ、フィナとソディが駆け付ける。ソディが、マナに向かって言う。


「貴女は、本当に神界レイエルスの最高位神なのか?」


 マナは嗤う。


「レイエルス……? ああ。その通りさ。自分たちを『神』だと名乗っていたあいつらの、それより上に立つのが我々だよ。ははあ、あんた、レイエルスの生き残りだね? 私たちがすべて滅ぼしてやったっていうのに、まだ残党がいたなんてねえ」


「お前たちが、滅ぼしただと!」


 ザンが激昂した。一歩近付いたマナに対して、魔剣『ウェイルフェリル』を向け直す。


「ああ、そうさ。ああ……、そっちのあんたは魔界ヨルドミスの生き残りだね? まさか、ヨルドミスと戦ったくらいで、あの神界レイエルスが滅びたんだとでも本気で思ってたのかい?」


「どういうことだ! 返答次第では……」


 フリアが魔槍をマナに向けた。しかしそれでも、マナは露とも動じることはなかった。マナは、彼女が脅迫を終える前に、自ら言う。


「我々が神界レイエルスを統治し、レイエルスがアーケモスを支配していた。レイエルスの者たちは自分たちこそ『神』だと思い上がっていた。我々には、それが気に食わなかった。だから、魔界ヨルドミスと戦争をさせた」


「戦争を……、?」


 ザンは、おぞましさに驚愕の声をあげた。普通では考えられない語の組み合わせだ。


「そして、魔界ヨルドミスは滅んだ。神界レイエルスもただではすまなかったが、こっちは残った。そのあとで、レイエルスの者たちはすべて、消してやったのさ。我々の力でね。実に愉快だった」


「お前ェ——ッ!」


 ザンは猛獣のように駆け出した。そして、父の形見の魔剣『ウェイルフェリル』で斬りかかる。魔力は全開だった。


 しかし、マナはそれを躱すこともせず、嗤ってその場に立っていたのだ。容赦なく、ザンは魔剣を振り下ろす。だが、それはマナの手によって受け止められることとなった。


「一番先に死にたいのはあんたかい?」


 マナは不気味に嗤った。そして、魔剣『ウェイルフェリル』を引っ張り、ザンの重心を崩す。そして、崩れたところに蹴りの一撃を見舞った。


 いとも簡単に、ザンは撥ね飛ばされ、床の上に仰向けに倒れた。


「なにをする!」


 次に斬りかかったのはフリアだった。だが、結局は同じことだった。大槍を振り回し、それでマナの頭を叩き割ろうとしたが、少し横に避けて躱されてしまう。フリアは腕を掴まれ、天井目掛けて投げ飛ばされた。彼女は天井に打ち付けられ、そして床に落ちた。


 マナはずっと嗤ったままだ。


「何だ。思ったよりは結構丈夫じゃないかい。それなりには楽しめそうだね」


「“イフィズトレノォ”はどこだ?」


 魔導銃剣を構えるオレディアルは、マナにそう訊いた。だが、マナは嗤うのみだ。彼女にとっては、さして重要な言葉ではなかったようだ。


「は? なにを言ってるんだい。そんな名前の奴なんて、聞いたことないよ。人間たちが勝手に、私たちに付けた名前かい?」


「……“神の幻影”だ」


「“幻影”? 確かに、レイエルスを統治していたときの私たちは“幻影”のようなものだったろうよ。あいつらは、姿を見せない私たちを、始終まつっていたさ。なんといっても、神を創った本当の神なんだからね」


 遠くから、ベブルの雄叫びが聞こえていた。このような強敵相手にも、彼は戦えている。


「オラオラオラオラァァァッ! どうだ! まだ『破壊の力』は使ってねえぜ!」


 ベブルは、エアを連続で殴っていた。そして、最後の一撃で、相手を殴り倒す。エアは完全に肩で息をしていた。そして、黄色の血を吐く。


「オルスの言ったとおり、確かに、こいつの攻撃は効く……。どういうことだ。人間の攻撃は俺たちには効かなかったはず……」


「馬鹿が!」


 蹴り掛かったベブルから、エアは大きく距離をとった。それは、もう一度攻撃を仕掛けるような間合いではなかった。エアは逃げる気なのだ。


「オルス! 一度退くぞ。この状況は俺にも理解できん。詳しいに話を訊こう。対策はそれからだ。これはお遊びで済む問題じゃない」


 一方のオルスは、ファードラル・デルンを消そうと近付いては、魔法で撥ね返されていた。彼はいまも魔法を受けて倒れていたが、それを訊いて、立ち上がってファードラルから離れた。彼は、酷く負傷したエアを見て言う。


「お前……、大丈夫か? 血塗れじゃないか」


「おい、マナ! お前も帰るぞ!」


 声を掛けられたマナは、エアのほうを向く。


「どうしてだい? いまからやっと面白くなるってところなのに……。何だいあんた、それ、平気なのかい?」


「逃がすかよ!」


 ベブルは走り出し、逃げようとするエアを追った。だが途中で、嫌な予感がして、床の上に転がった。


 次の瞬間、ベブルのいたところに強力な光線が飛んできた。彼はすんでのところで、それを躱すことができた。


 それは、“アドゥラリード・キャノン”だった。


 死んだはずの“アドゥラリード”が蘇り、宙を舞っているのだ。


「何だ、ありゃあ……」


 ベブルは立ち上がった。もうエアたちを相手にしている場合ではなかった。


「そうか……、『』が気付いたのか……」


 エアはそう言いながら、『石碑』のほうへと歩いていった。


 マナは溜息をつき、彼女もまた『石碑』のほうへと向かう。


「仕方がないね。『あいつ』が帰れというのなら、そうしたほうがよさそうだ。あんたみたいな目に遭うのはごめんだからね」


 オルスは嗤っている。彼もまた、ファードラルと戦うのを止め、『石碑』のほうへ行く。


、こんなところに“アドゥラリード”の残骸が落ちていたものだな。だが、そもそもこいつは、俺たちがアーケモスのに使ったやつだ。……『彼女』の手に掛かれば、残骸を“完全体アドゥラリード”にするのも容易いことだ。せいぜい、こいつと遊んでるんだな。さらばだ、愚かなる人間共よ」


 オルス、エア、マナの三人はそれぞれ『石碑』の中へと消え、そしてその『石碑』も消えた。“完全体アドゥラリード”を残して。


 “完全体アドゥラリード”は舞い上がり、目標を付けずに“アドゥラリード・キャノン”を乱射した。床が、壁が、そして天井が破壊され、その先の闇が見えた。この闇は、この部屋を外界と隔離するための魔法の壁だった。


「貴ッ様、デルン!」


 “アドゥラリード・キャノン”を躱しながら、ベブルは叫んだ。他の仲間たちは床の上に伏せ、この強烈な破壊光線をやり過ごしていた。


「俺ではない! こやつはもう、俺の命令を聞かぬのだ!」


 ファードラルもまた、上体を低くしていた。“アドゥラリード”をつくりだした彼でさえも、もはや制御することは不可能なのだ。


 ベブルは肚を括り、逃げ回ることをやめた。そして、“アドゥラリード”に突進し、それを倒してしまおうとした。だが逆に、“キャノン”を受けて吹き飛ばされる。


 “アドゥラリード”は物凄い速さで飛び回り、天井に、壁に、床に、頭を打ち付け廻った。今の“黒風の悪魔アドゥラリード”は、もはや所構わず破壊するだけの存在だ。


 そして遂に、“アドゥラリード”は壁を突き破り、その先の魔法の壁も消滅させ、そこから飛び出して行った。怪物が出て行った壁の大穴からは、青い空と、帝都デルンの密集した町並みが見えた。


 これでようやく、この部屋の中に静寂が戻った。


 伏せていたディリアが起き上がり、長い髪を撫で付ける。


「何なのよ、あれは……。無茶苦茶じゃない。全く容赦なかったわ。かといって、誰を狙うでもなし。タチが悪いわね」


「まったくだ。それに、いまの奴は、魔法を消し去る力を持っているようだ。我々魔術師では太刀打ちできない」


 ウェルディシナも、髪を撫で付けながら起き上がった。彼女はどこかに頭をぶつけていたらしく、頭を軽く左右に振っていた。


 ザンも、フリアも、ソディも立ち上がる。フィナとオレディアルも同様だった。


 ベブルは拳を鳴らしながら歩いていた。彼は、身を起こそうとしているファードラル・デルンの前に立った。


「よう、デルン」


「リーリクメルド……。どうやら俺の負けのようだな」


「フン、お前は元々、この時代から百二十年前に死んでるはずだったんだよ。地下研究施設でな。それに逆らって蘇ったお前を、俺は消してやっただけだ」


「そしてまた、俺は貴様に殺されるわけだな。……皮肉な話だ」


「本当にな。昨日今日と、立て続けに三人、最初も合わせりゃ四人、お前を殺すんだからな。もう慣れちまったぜ」

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