第十一章② 救うもの、救われるもの

 ベブルたちは黒魔城の魔導転送装置を使い、時空塔の前にまで一瞬で飛んできた。時空塔から魔王の城までは大犬魔獣に乗って約半日掛かったというのに、その距離を飛んだのだ。


 聳え立つ黒い巨塔——時空塔の周囲には、浮遊魔導銃が徘徊しており、侵入者を警戒していた。


 ベブルがフリアを連れて時空塔に行くと言ったときに、ザンはそれに反対した。時空塔が危険だからという理由ではない。塔の転位装置を起動させる『ブート・プログラム』がないからだ。これは以前に、ファードラル・デルンの軍勢に奪われたままだった。


 ところが、その『ブート・プログラム』は、いまやベブルが持っている。腰のカバンの中に入っているのだ。これは、この時代から百八十年後の未来世界で、ムーガから譲り受けたものだ。



 ベブルたちは時空塔に入った。今回はフリアも付いてきており、ベブル、フィナ、ザン、ソディを合わせて、全員で五人だ。


 一同が入ると、時空塔内部のいたるところに設置された照明が点灯し、部屋中が明るく照らされた。内壁は光沢のある金属でつくられており、全ての床と壁と天井に魔法的な模様が描かれている。


 五人で歩いて進みながら、ベブルはザンに訊いた。


「なあ、罠はないのか?」


 ザンはこともなげに答える。


「仕掛けはあるが、俺たち相手に起動するようにはしてないからな」


 そうして、ベブルたちは深い谷の部屋にやって来た。ザンが谷の方へ歩くと、二本の光の筋が、自動的に出現し、向こう岸へと繋がった。


 ザンは光の橋を渡っていく。ソディも、フリアも、その後を歩いていく。ベブルとフィナも彼らに続いた。



 最上階の巨大な魔導転位装置まで来ると、ザンがその魔法機械に、フィナから渡された『ブート・プログラム』を取り付けた。すると、転位装置が動き始める。


 ベブルはザンに言う。


「おい、ザン。合い言葉はどうしたんだ?」


「何だ? それは」


 ザンがそう言っている間にも、魔導転位装置の入り口は閉まり始める。


「未来では、この装置に合い言葉が掛かってたんだよ。『レミナ』と『ベブル・リーリクメルド』ってな」


 ベブルはそう説明したが、どうやらいまの時点では、この機械には合い言葉による鍵は掛かっていないようだ。


 装置の入り口は完全に閉まった。一同は眩い光に全身を包まれる。


「なるほど。そういう合い言葉を仕掛けてみるのもいいかもな」


 ザンは微笑った。


++++++++++


 透明な球形の乗り物の中に転送され、ベブルたちはアーケモスの外の世界——星辰界に飛び出した。乗り物は加速しながらアーケモスから遠ざかっていく。


 このメンバーの中で、一度も星辰界に出たことがなかったのはフィナだけだった。彼女は無表情な顔で、できるだけ目を見開いていた。


 ベブルは、確かに一度——昨日のことだが——星辰界に出たことがある。だが、それでも、この光景が非日常のものであることには変わりなかった。アーケモスの大きさに圧倒されながら、その世界を眺めている。


 周囲は全て星の海。人界アーケモスから船出して、別の世界、魔界ヨルドミスへの航海が始まる。



「魔界ヨルドミスっていうのは、凄いところなんだろうな。こんな機械を作っちまうんだから」


 ベブルがそう言ったときに、機械がアナウンスした。間もなく、亜空間の歪み領域に入りますと。そうして、星の海は見えなくなった。代わりに、幻覚的な色の空間が現れる。


 ザンが答える。


「ああ、すごいところさ。遥か未来のアーケモスの姿ってところだろうな。百年、二百年程度じゃなく、もっとずっと先の」


 フリアが話に混ざる。


「アーケモスには無理だろ。アーケモスは結局、レイエルスのつくった箱庭でしかないんだからな」


 それはそうだと、ベブルは思った。アーケモスの全ては、神界レイエルスによって造られた。そして、ソディとフリアはそのレイエルスの住人だ。


 ベブルはフリアの方を向く。


「いい機会だから訊いておくが、レイエルスの神様って奴らは、どうやってアーケモスをつくったんだ?」


「え……、それは……」


 フリアは口篭もる。答えられないのか、答えを知らないのか。彼女はどうにも出来ず、ソディの方を向いた。彼に助けを求めているのだ。


 フリアの代わりに、ソディが答える。


「アーケモスをつくった存在はレイエルスの最上位の神々であって、我々ではないのだ。世界を作る術を受け継ぐ存在が、我々の上にいたのだ。創造、保持、破壊の神々が。我々多くのレイエルスの民は、彼らの遠い親戚であるだけだ。もっとも、フリアの家柄は名門であったがな」


「つまり、お前たちは、世界をつくる方法を知らないってことだな?」


 ベブルは腕を組んだ。ソディは頷く。


「その通り。我々は、世界を作る存在と同じ種族であるだけだ」


 フリアが決然と言い放つ。


「そして、彼らはみんな滅んだんだ。私たちが、最後の神々だ」


 ベブルは首を鳴らす。


「保持と、破壊だけな。肝心の、創造の神の血を引く奴が残ってねえんだ。欠けてるんだな」


 これには、フリアはまた口篭もった。その通りだからだ。保持も破壊も世界には必要な力だ。しかし、世界を作る力がなければ、保持も破壊も出番がない。だが、創造の神だけがここにはいないのだ。


 ところがそこで、ソディが抑揚のない声で言う。


「創造の一族ならばいる。レミナだ」


 フリアの表情が明るくなる。


「そうか! レミナが居れば、全部揃うんだ!」


 ソディは頷き、しかし、冷ややかに言う。


「揃ったところで、我々に世界を作る術はないがな」


「でも! いいじゃないか! 揃うんだから!」


 静かに、フィナが頷く。


「新しい力」


 ベブルは背伸びをして、大きく息を吐く。


「創造、保持、破壊……か。俺にあるのは破壊。破壊だけだ……」


 ベブルの持つ破壊力は常軌を逸している。破壊神という名を持つフリアでさえ、全く足元にも及ばない。それどころか、真っ向から戦っては、ザンもソディも誰もベブルに敵わない。いままでに一番苦戦したのは、“アドゥラリード”か『飛沙の魔術師』ナデュク・ゼンベルウァウルくらいのものだ。


「さて、歪みを抜けるぞ」

 

 不意に、ザンが言った。



 ベブルたちは亜空間の歪み領域を抜け、星辰界に浮かぶヨルドミス第三中継ポイントに到達した。


 ベブルは昨日——よく考えれば、それは未来なのだが——ここへ来たときに、『鍵』がなくてこの施設よりも先に進むことができなかった。


 ザンはその『鍵』を持っていた。彼がその鍵を施設内の魔法機械に入れると、この中継ポイントからヨルドミスまでの乗り物が起動し始める。


 『鍵』を機械に読み込ませているザンを見ながら、ベブルは言う。


「それにしても厳重だよな。時空塔周辺には浮遊魔導銃、時空塔内には罠、転位装置の『ブート・プログラム』は外して、中継ポイントの『鍵』も自分で持っている」


 ザンが振り返ってベブルを見る。


「ああ。前も言ったとおり、ヨルドミスは故郷だ。それに、家族と友人たちの墓場でもあるからな」


 フリアが歩いて来る。


「でも相変わらず、神界レイエルス行きの時空塔が見つかってないからな。本当は向こうの時空塔も押えておきたいんだけど……」


 次いで、ソディが言う。


「だが、レイエルスとアーケモスとの時空塔は接続解除されていた。おそらく、アーケモス側の時空塔で、誰かが『ブート・プログラム』を外したのだろう。結局、アーケモスとレイエルスは直接繋がってはいないのだ」


 その話を聞いて、フィナが好奇心を湛えた目つきで言う。


「アーケモスに?」


 これでは意味がわからない。


 ザンも、ソディも、フリアも、彼女の話が続くことを期待して待った。だが、彼女の言葉はこれだけだった。


 仕方なく、ベブルがフィナに訊く。


「なにが?」


「『ブート・プログラム』が」


「どうした?」


「ある?」


 それから、ベブルはザンたちの方を向いて、フィナの言葉を翻訳する。


「アーケモスと神界レイエルスが繋がってるほうの時空塔の『ブート・プログラム』が、アーケモスにあるのか? ってよ」


 ザンは首を軽く縦に振る。


「そうだろうな。レイエルスの誰かが、その装置を使ってアーケモスに逃げたのかもな。俺たちみたいに。そのとき、アーケモス側の時空塔の『ブート・プログラム』を外したのかもしれない。それか、単にアーケモスの人間が取り外したのか」


 それを聞いて、フリアは顔を顰める。


「どっちもあまりよくないな」



 ヨルドミス第三中継ポイントから、ベブルたちは別の球形の乗り物に乗り、魔界ヨルドミスへと向かった。その乗り物は再び『亜空間の歪み領域』に入る。


 再びその歪み領域を抜けると、一同は目の前に巨大な星を見た。


 青白色に冷たく輝く星——魔界ヨルドミスだ。


「これが、俺の故郷だ」


 そう言うザンの表情は、懐かしげに微笑んでいた。


 ベブルたちの乗った乗り物は、ゆっくりとヨルドミスに降りて行った。


++++++++++

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