第九章② 仄かな星の光
「それじゃあ、自己紹介を続けましょう。僕はウィード。巷では『漆黒の魔剣士』なんて呼ばれている、魔剣士です」
ウィードがそう切り出した。彼は話を切り替えるプロだ。
「いまは魔導銃なんてものがあるのに、決して古い魔剣術を捨てようとはしない。信念の固い魔剣士ですわ」
スィルセンダが横手から補足した。それを聞いて、ウィードは苦笑する。それから一瞬、ベブルには、ウィードが辛そうな表情をしたのが見えた。
ウィードがまた微笑みなおす。
「僕はいま、ムーガさんの保護者としてチームに参加しています。よろしくお願いします」
次の自己紹介はムーガの番だ。嫌々といった様子で自己紹介を始める。
「ムーガ・ルーウィング。あちこちで有名なんで、自己紹介するなぞ必要ないかもしれんが……。ちまたでは『光の勇者』やら、『救世主』などと呼ばれておる。たまに、『凶悪魔術師』など言う奴もおるが、それはその場で教育してやっておる」
それが凶悪だって言ってんだろ。ベブルはそう思った。
ムーガは胸元の留め具のマークを示す。
「まあ、見たとおり判ると思うが、ルメルトス派の魔術師じゃ。住んどったところはボロネの街の近くの風と光の森じゃがな」
風と光の森……。ベブルは思い出した。ヒエルド・アールガロイが住んでいる森の名前だ。
今度はベブルが自己紹介を始める。
「じゃあ次は俺。ベブ……、ベルド・リーリ……じゃない。ただのベルドだ。『アカデミー』の『真正派』在籍。ここんとこ最近、『未来じ』……、変な奴らに狙われるようになって困ってる被害者だ。魔法は炎だけ使える。以上」
次はフィナの番だ。彼女は短く言う。
「シウェーナ。魔法名はない」
「こいつも被害者仲間だ。仲良くしてやってくれ」
ベブルは彼女を指差して、ムーガたちにそう言った。
「……最後は僕ですね」
ウォーロウが進み出た。
一同、彼に注目する。
「ええと僕は、フィナさんの勉強仲間でして……」
そう言っている間に、ウォーロウの背後に何者かが魔法で転位してくる。『飛沙の魔術師』ナデュク・ゼンベルウァウルだ。
「ナデュク!」
声をあげたのはスィルセンダだ。彼女はナデュクが所属する研究室に技術協力をしているため、知己なのだから。
ベブルは構え、声をあげる。
「『飛沙』!」
「そうそうカリカリすんなって。別に、ここで一戦交えようなんてわけじゃないんだからさ。だいいち、一対六だぜ? 俺が勝てるわけねえじゃんな」
相変わらずナデュクは、敵の前で堂々と軽口を叩いてみせた。
ムーガはナデュクを指差す。
「あ、あいつ、わしを攻撃した奴のひとりじゃ!」
「ナデュク、まさか、あなたがそんなことをするなんて……。一体どうして?」
スィルセンダが驚いて訊いた。知らなかったのだ。そして、以前から面識のあるナデュクが従姉妹を襲った犯人であるとは、にわかには信じられない。
ナデュクは不敵に笑う。そして、彼はウォーロウの方を見る。ウォーロウは杖を召喚し、構えていた。
「昨日約束しただろ? 俺の研究室に来るって」
ウォーロウは驚いた。自分の身体が見る見る消えていくのだ。
ベブルはウォーロウに言う。
「おい、お前、消えてるぞ!」
「そんなことは判ってる! 強制転位魔法! こんな古代魔法まで……!」
ウォーロウは叫んだ。だが、どうあがいても止められない。
「昨日ちょっと仕掛けておいたのさ。その杖に」
ナデュクは笑って、ウォーロウの杖を指差した。つまり、ウォーロウが警戒して杖を呼び出したときに、勝敗は決まっていたのだ。
「フィ……、シウェーナさん、ここは僕がなんとかします。決して助けに来ないように!」
ウォーロウはその場から消えた。
「じゃあな、皆さん。ごきげんよう」
ナデュクはそう言い残して、自身も転位魔法で消えた。
「「相変わらず、逃げ足だけは速い……」」
ベブルとムーガの声が重なった。はっとして、彼らは互いを見合った。ムーガは不満そうだった。
「困りましたね。自己紹介が済んでいませんよ」
ウィードが言ったが、そういう問題ではない。彼はどこか常識から外れている。
ベブルはウィードに訊く。
「で、どうするんだ? お前は約束どおり、ルーウィングに引き合わせてくれた。それで、このあとどうする?」
「ああ、ええ。いや。こうして集まって頂いたものの、急用が入りまして。僕たちはこれから、デルンの地下研究施設に行くんです。ですから、これでお別れです。それよりも、ウォーロウさんを助けに行かなければならないのでしょう? 力を貸しましょうか?」
だが、ベブルはあっさりと、ウォーロウを見捨てる。
「それは別に構わん。そんなことよりも、何でデルンの地下研究施設なんかに?」
それについては、ムーガが説明する。
「『アカデミー』の調査の結果、新しく通路が見つかったんじゃ。じゃが、そこにはデルンの残した強力な結界があってな。それを解くために、わしが呼ばれたというわけじゃ」
「ムーガは、どんな結界も無条件で消し去る力を持っているのです。ムーガが行けば、その通路は解放され、誰も行ったことのない遺跡に入れますわ」
スィルセンダがそう付け足した。
ベブルは暫し考えた。未来で新しく見つかった、デルンの地下研究施設の未踏破
「なあ、俺も行くぜ」
「わたしも」
フィナが言った。彼女も同じ事を考えていたのだろう。
だが、これには、ムーガたちのほうが驚いた。客観的にみて、ベルドやシウェーナには、付いて来る必要性が感じられないからだ。
「何で」
ムーガの疑問に、ベブルが適当な嘘で答える。
「だって俺、歴史研究家だもんな」
「同じく」
フィナも彼の嘘に乗った。
こうして、ベブルとフィナは、ムーガたちのデルンの研究施設行きに同行することになったのだった。
++++++++++
ウォーロウはナデュクの研究室に姿を現した。
窓の外は見えない。ウォーロウは転移先の状況を即座に判断する。多分、魔法でこの部屋を外界と隔離したんだろう。フィナさんに助けに来ないように言っておいて正解だった。
部屋には、『星隕の魔術師』オレディアル・ディグリナート、『紅涙の魔女』ウェルディシナ・エルミダート、『蒼潤の魔女』ディリア・レフィニアがいる。そして、『飛沙の魔術師』ナデュク・ゼンベルウァウルも転位魔法でやって来る。『未来人』が勢揃いだ。だが、誰も武器を持っていない。他には誰もいない。
オレディアルが重々しく言う。
「……よく来てくれた」
「なにを。無理矢理連れてきたんだろう」
ウォーロウはすぐにそう返した。
「こうでもしなけりゃ、来てくれんだろうからさ。折角お招きしてるのに」
ナデュクはそう言ってのけた。彼は歩き、仲間たちの方へ行く。
部屋の中央には、台座のような形をした装置がある。
「こんなところへ呼び出して……何を始めようって言うんだ?」
ウォーロウは堂々と言い放つ。ウェルディシナもディリアも、ずっと立ったままで動かない。なにか、重苦しい空気がその場を支配している。
ナデュクは部屋の中央の台座をいじりながら答える。
「これから見せてやるのさ。未来の未来をな」
++++++++++
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