第八章④ 彼を変えるものは
次の日の朝がやって来た。これから起こる、時空を越えた戦いに、ヤッヅは緊張していた。やはり、過去を変えられてしまう恐怖心は拭い去れなかった。そのあたりの主導権は向こうにある。だが、こちらには最強の助っ人が居る。『未来人』たちと戦って、撃退したことがあるというベブルだ。
ヤッヅはベブルに、彼の持っている指輪が不完全であること、時間移動するにはフィナの助けが要ることを聞かされた。これはベブルの指輪の弱点だ。
また、材料がないために、もうどの時代でもこれ以上の『指輪』をつくることができないことも。つまり、ヤッヅ自身は、どうあがいても、『指輪』なしで戦わなければならないということだ。
決意も新に、新たな朝日の中へ、出発した。壊れたドアから。このドアは、外出中に修理しておいて貰えるように『アカデミー』に申請しておいた。
北部構内の研究棟『ガナド』に入り、階段を上り、廊下を歩いていると、ベブルとヤッヅは、フィナとウォーロウを発見した。
相変わらず、フィナは無口で何も喋らず、対するウォーロウは頻りに話題を見つけては彼女に話し掛け続けていた。この構図も全く変わっていない。いくら話し掛けられても、どう見ても適当にあしらっているようにしか見えないフィナの仕草も、何も変わっていない。
「おい、お前ら」
ベブルは前を行くふたりに声を掛けた。
フィナとウォーロウはそれで気づき、立ち止まって振り返る。
「ベブル……」
声に出して反応したのはウォーロウだった。
「よう。ディスウィニルクに何か用か?」
ベブルは目を細めて顎をしゃくった。
これにはウォーロウが答える。相変わらず、フィナは何も言わない。ウォーロウの言うに任せているかのようだ。
「ああ、そうだ。魔王の『その後』が気になったからな。その点で、フィナさんと意見が一致して、ディスウィニルクさんに話を訊きに来た。場合によっては、歴史学者を紹介していただけるようにな」
「昨日来て、会えなかったようだな」
ベブルがそう言った。
ウォーロウは一瞬、この発言に驚いた。「何故知っている?」と言いたかったが、ここは敢えて、そう言わないことにした。
ベブルはフィナを指差す。
「俺もディスウィニルクに用があって来たんだが……。その用は変わった。俺は専ら、今はそいつに用がある」
「何……!?」
ウォーロウは若干構えた。心の奥でベブルを敵視している気持ちの現れだ。
「お前ら、どうして昨日ディスウィニルクが居なかったか知らないのか? 『蒼潤の魔女』と『デート』するためだぜ?」
「な……」
ウォーロウは「知らなかった」のだ。
「未来」
フィナがようやく声を出した。
ベブルが頷く。
「ああ。ちょっくら未来に行って来ようと思う。『蒼潤の魔女』がディスウィニルクを使って何をしようとしているのか……。未来で、あの女がどんな立場に居るのか? 何をしているのか? それを調べてこようと思う」
これは……もしかすると。ウォーロウは心の中に思った。これは、すんなりと未来に行ける、いい口実ではないか? 僕はもともと、過去なんかよりも、未来に行きたかったのだ。未来に行って、いまよりもずっと進んだ魔法を手に入れる。最初はそのつもりだったじゃないか。
ヤッヅが頭を下げる。
「あの、お願いします。ディスウィニルク君が『未来人』に利用されるなんて、黙って見ていられません」
ヤッヅがそう言ったことで、ウォーロウは彼女を見たまま沈黙した。フィナも沈黙していたが、彼女は元から黙っていた。
ようやく、ウォーロウが口を開いた。
「お前、カルドレイさんに、『時空の指輪』の話をしたのか?」
ベブルはまた頷く。
「ああ。正直、誠実、が俺の信条だからな」
「嘘をつけ。だが、よく信じてくれたな。こんな突飛な話を」
ヤッヅは苦笑する。
「最初は信じられませんでしたが。……でも、あれだけ生々しい過去の話をされると、信じない方が難しくなってしまって……」
ベブルは溜息を吐く。
「物分りが良くて助かったさ。あとは、変な宗教には捕まらないようにして欲しいけどな」
「だとしても、お前、カルドレイさんに頼まれて未来に行くのか?」
ウォーロウはベブルに訊いた。
「そうだ。『蒼潤』が何をしているか、個人的に気にならないでもないが、頼まれなきゃ、どうして未来なんてところに行きたいと思う?」
「何だ……、今回はやけに人助けっぽい理由じゃないか」
「だから、正直、誠実が俺の信条だって言っただろ」
「お前、頭の中、時間改変の影響を受けてないか?」
「うるせえ馬鹿。一宿一飯の恩義があるからだ」
++++++++++
それから彼らは、一応、ルットー・ディスウィニルクに会っておく事にした。彼が昨日、『蒼潤の魔女』ディリア・レフィニアにどんな話をされたかを訊いておくためにだ。
「入っていいよ」
部屋の中から声が聞こえた。ルットーの声だ。今日は研究室に居るらしい。
ベブルたち四人は、部屋に入った。その顔ぶれには、ルットーは少し驚いたようだった。彼は、ノックしたのは『アカデミー』の仲間だと思っていたようだ。
「ディスウィニルク君」
ヤッヅが言った。
ルットーは心得たと言わんばかりに会釈する。
「ああ、君が妹たちを案内してくれたのか。で、今度は何の用?」
「歴史の話だ」
ベブルがすぐに言った。ウォーロウが「昨日レフィニアさんと云々……」と言い出す前に。
(ベブル!)
ウォーロウがベブルを小声で責めた。
(お前な。会いに来ていきなり昨日の『デート』の話を訊くつもりか? お節介にもほどがあるな)
小声で、ベブルも応酬した。
それもそうだ。と、ウォーロウは思う。(だが、僕には、ちゃんとソフトに訊くやり方があるんだぞ)。
「歴史?」
ルットーが言った。彼は机の上の紙に何かを書いているところだったが、その上にペンを置いた。
「そうだ。魔王とデルンの話で、奴らの戦いがどうして決着がついたのか」
ベブルは腕組みして頷いた。訊ねておいて態度が大きい。
「それなら知ってるよ。約百二十年前、パーラス荒野での戦いで、彼らは相討ちで滅んだ」
(歴史が元通りになっている)
ウォーロウがベブルに囁いた。
フィナは黙っていた。
ベブルはさらに問う。
「だが、気になるんだ。俺の見立てじゃあ、デルンよりもザンの軍勢の方が遥かに強い。ザンはどうして負けた?」
「ザン? ああ、魔王の本名か。歴史家によると、軍隊勢力の差だと聞いてる。あと、武器の力。魔王は自分の実力にかまけて、きちんとした軍隊の編制をしなかったそうだ。それが魔王側の力を下げた原因だったらしい」
軍隊を編制しなかったんじゃない。ベブルは思った。あいつは、軍隊をつくらなかったんだ。デルンは軍隊を作って人に戦わせる。だが、ザンはそうしない。自分たちの戦いのためにアーケモスの人間を巻き込めない。だから、ザンの城を警備していたのは人間ではなく、魔界ヨルドミスで造られた自律型魔導銃だった。アーケモスの人間を殺せないという理由で軍隊を作らない男が、デルンの軍隊の人間を殺せるだろうか。そしてデルンは、ザンがそう考えている事を知っていて、ザンに大量の兵隊をけしかけたはずだ。ザンの圧倒的不利。それでも、何とか相討ちにまでは持って行ったのだ。
ベブルは苦笑いしながら、溜息を吐く。
「なるほどな。納得できたぜ。軍事力の差、か」
このことをザンに言うべきだろうか? デルンの軍隊には気をつけるべきだ、と? いや、やめておこう。これはあいつの問題だ。あいつの問題を解決するのは、あいつだ。
「それと……。レフィニアは何か言ってなかったか? 俺と同じテーマで歴史の研究をしているはずなんだが。昨日会ったって聞いたぜ」
しれっと、ベブルはディリアの件を質問した。これにはウォーロウは舌を巻いた。大したものだ。無理はなくもないが、巧い繋ぎ方だ。だが、ベブルが「研究をしている」などというのはどうも似合わない。そのあたりは仕方がない。真っ赤な嘘なのだから。
「歴史の話は聞かなかったな。専ら、環境学の話だったんだが……」
ルットーはそう言った。当然だ。ディリアは以前、ルットーに「環境学を専攻している」らしいことを言っていたからだ。それはヤッヅも聞いていたことだ。
「そうか。あいつはあくまで、歴史は脇でやってる感じだからな。ところで、あいつは何か言ってたか?」
「そうだなぁ……。色々ありすぎて……。環境学といっても、彼女は一体何をやってるんだろうな? 彼女、粒子論をものすごく勉強してきたようで、その話で盛り上がったよ。何度も何度も、
ベブルたちはじっと黙っていた。何故ディリアが彼の第六感を刺激する言葉を与えられたか、見当がついているからだ。ディリアは答えを知っているのだ。彼女は『未来人』なのだから。彼女は未来でその理論を本から学び、その断片を彼に伝えたのだ。思いつくよりも、読んで理解する方が遥かに楽なはずだ。
「他には?」
「他に? さっきも言ったけど、歴史の話はなかったよ。粒子論と……それだけか? あとは物を食べたり、一緒に公園を散歩したり……普通だったよ。ときどき顔が真っ赤だったけれど、もしかして彼女、身体の具合でも悪いのかな? それで君たちが、昨日の彼女の様子を訊きに来たとか?」
「ああ……。まあ、本当はそんなところだ。レフィニアが別に平気だと言ってたんなら、俺たちも気にするところじゃないよな」
「そうだといいんだけど。彼女とは、次の休みにも会う約束をしたから、それまでによくなってて欲しいけど。僕はそれまでに、この証明を進めないとな。あれだけヒントのようなものを貰ったんだ。できなければ恥ずかしいしな」
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