第五章⑤ 共に生きるもの

 百二十年前の過去の時代に来てしまったベブル、フィナ、ウォーロウだったが、なぜか現地でヒエルドを新たな仲間に加え、魔王の城・黒魔城に向かうこととなった。


「そういえばまだ皆の名前訊いてへんかったな。なんて言うん?」


 森の外の草原にまでやって来たころに、ヒエルドは訊いた。


 一瞬、顔を見合わせたベブルたちだったが、名前を言うことにした。


「リーリクメルド。ベブル・リーリクメルドだ」


「デューメルク……。フィナ」


「ディクサンドゥキニー。ウォーロウ・ディクサンドゥキニーです。よろしくお願いします」


「ふうん」


 ヒエルドは三人の名前を聞いてから、斜め上、虚空を見やった。口を噤み、何かを考えている。

  

 再びヒエルドは口を開く。


「じゃあ、ベブルンルンに、フィナフィナ、ウォロウォロか」


「なんだそれは」


 ベブルはすぐに反応した。嫌悪を込めて。


 だが、ヒエルドはベブルの発言をまったく聞いていない。


「で、僕のことはヒエールって呼んでな」


「誰が」

 

 ベブルでなくとも、誰もそんな呼び名で呼びたくはなかった。


「じゃあ、ヒョールド」


「嫌だ」


「ヒエっち」


「嫌だ」


「ヒエリーナ」


「嫌だ」


「ヒエラルキー」


「嫌だ」


「じゃあ、なんやったら呼んでくれるんよぅ!」


 ヒエルドが大声を出した。ベブルは、温厚な彼がはじめて怒ったところを目の当たりにしたわけだったが、彼が怒った理由というのはあまりにもばかばかしかった。


「ヒエルド」


「普通やん。もっと別のがいい」


 ヒエルドは駄々をこねた。これがのちに偉大な魔術師になるなどということは、おそらくこの時代の誰も予想できないだろう。


「これは略称だ」


 ベブルの言葉に、ヒエルドは首を傾げる。


「略称?」


 フィナとウォーロウは、先を行くベブルとヒエルドのあとから歩いてきていた。彼らはベブルたちの様子を見ていた。


 ベブルはヒエルドに言う。


「ヒエリン・ヒエっち・ヒエリーナ・ピエロ・ヒョールドっていうのがお前の呼び名だ。で、それは長いから、俺は、最初と最後を取って、ヒエルドと呼ぶ。文句あるか?」


 ヒエルドはしばらくきょとんとしていたが……。やがて、満面の笑みを浮かべる。


「それ、それがいい!」


 晴れて呼び名が『ヒエルド』に決定したヒエルドは、喜んで駆けて行った。歩きながら、ベブルはフィナとウォーロウのほうを振り返る。


「あいつアホだな」


「早く行こうや、ベブルンルン!」


 遠くから、ヒエルドの元気な声が聞こえてきた。


++++++++++


 四人は魔獣ディリムに乗って、魔王の城、黒魔城に向かって駆けた。


 ウォーロウは魔獣を合計三体つくることになった。ヒエルドが魔獣生成魔法を習得していなかったからだ。どうやら、この時代には魔獣生成魔法は一般的ではないらしい。


 大犬の魔獣がリズムよく地面を蹴る。森は後ろに遠ざかっていく。遠くにはボロネ村が見えたが、それも後方に消えていく。


 草原は途切れ、荒れた大地に変わった。空は曇り始め、大気の温度も急激に下がっていった。


「こっから先は魔王の領域ってわけか」


 ベブルが言った。彼が言うとおり、魔王の名に相応しいような、禍禍しい雰囲気が漂ってくるエリアに、彼らは踏み込んでいた。



 時の海は、より一層の荒波を立てた。


 それは偶然か。


 時の海は故意にとも思われるほど、荒々しく波打っていた。


 彼らに何を求めているのか。


 わらわに――


 ベブルには、声が聞こえた。


 彼は、聞かなかった振りをした。

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