第五章④ 共に生きるもの

 鳥たちがヒエルドの周りに集まってきた。けたたましいまでの羽音をたてて。彼の周囲にまで来ると、めいめいが激しく鳴いた。森がざわめいている。


「どうした?」


 ベブルはヒエルドに訊いた。


「なんだって!」


 ヒエルドは何かを鳥たちから聞いたらしい。彼はこちらを向くと、いままでののんびりとは打って変わって、慌てたように叫んだ。


「魔物が来る!」


 ヒエルドがそう叫ぶと同時に、鳥たちはすべて飛び去った。木の葉に当たって、余計にがしゃがしゃと音がなる。そして、逃げていった。


 強烈な風が吹いた。木々が何かを言っている。良からぬことだ。何か危険を知らせようと訴えている。


 ズン、と地面が揺れた。


 森の奥から、竜種が歩いて来た。ベブルが今まで見た中で最も大きいドラゴンだったヘブ竜よりも、それは更に大きかった。


 ベブルは構える。


「なんだこいつは!」


 ウォーロウも鉄の杖を構えて、フィナに言う。


「僕はよく知りませんが……魔界生まれの凶悪なドラゴン、将軍竜だとすれば、このくらいの大きさなのも納得できます」


 その竜種は彼の言うとおり、将軍竜だった。その将軍竜は、巨体には狭すぎる間隔で立っている木を折りながら歩いてきた。先程までヒエルドが眠っていた樹の枝も、その腹に押しつぶされて折れた。竜種は口にくわえていたものを吐いた。それは森に生きるアナグマの死骸だった。


「よくも!」


 ヒエルドは走って別の樹のほうへ行くと、カシノキの杖を取り、それを持ってまた戻ってきた。どうやら彼は、物を魔法空間に待機させておいてそれを取り出す、という魔法は習得していないようだ。彼は杖を構えて、将軍竜に立ち向かった。


 ウォーロウは密かに期待していた。偉大な魔術師の若い頃の勇姿が見られるのだ。この竜種の高さは大人の男三人分を縦に積んだくらいはある。横幅はがっしりとしていて、とんでもなく重そうに見える。一体、どんな魔法で以てこの巨大な竜種に立ち向かうのか。


 ベブルもフィナも、まずは手出ししなかった。


 ヒエルドは呪文を唱えた。


「“水の魔法メツァカゴス”!!!」


 本人が得意だといっていた水の魔法だ。水が刃となって竜種に襲い掛かったが、ドラゴンの硬い皮膚には傷すらもつかない。


「えええっ!?」


 ヒエルドはドラゴンのあまりの強さに驚愕していた。一方で、ウォーロウは伝説の魔術師の、あまりの期待はずれな実力に呆然としていた。


 ベブルは走り出す。


「行くぞ! さっさと片付ける!」


 彼はヒエルドの前に出ると、腕を振り回して襲い来る将軍竜に立ちはだかった。


 ドラゴンの腕がヒエルドと、そしてベブルをなぎ倒そうとする。それは、ただの無益な殺生のために。


 ベブルの腕が風を切る。ドラゴンの手に、ベブルの拳が当たる。衝撃は突き抜け、ドラゴンの巨大な手をはじき返す。その手には小さな穴が貫通していた。


「どうだ! 俺に勝つつもりだったのか!?」


 ベブルは不敵に笑っていた。


 その表情は、竜種でも頭に来たようだ。将軍竜は喉も枯れよとばかりに雄叫びをあげると、猛然と突進してきた。


 フィナの放った魔法の風の刃スウォトメノンが、次々と竜種の身体を切り裂いていく。ウォーロウの光の魔法クウァルクウァリエが袖手のうろこを破砕する。


 一瞬怯んだ将軍竜に、ベブルはまた、笑いながら襲い掛かった。連続で突きを繰り出し、竜種に大打撃を与える。だが、これは『力』を使ったものではなかった。この打撃は、彼自身の腕によるものだ。力同士のぶつかりあいなら、彼は非常に強い。


「オラァ、トカゲぇぇぇっ! 思い知ったかぁぁぁっ!」


 ベブルは将軍竜を殴り飛ばした。竜は木を何本かへし折りながら倒れた。そこへ更に、フィナとウォーロウの魔法が二、三直撃する。竜は悲鳴をあげる。もはや竜のうろこはあちらこちらが剥がれていて、身を守る役目は果たせていない。ベブルは倒れた竜の腹の上に乗った。


 将軍竜は暴れた。この状況から抜け出したい一心で。


「うるせえんだよこのタコが!」


 圧倒的優位にいるベブルが、上からドラゴンの胸を、『力』によって、何箇所か貫いた。繰り返すうちに、将軍竜は動かなくなった。


 満足そうに鼻息を鳴らすと、ベブルはドラゴンの腹の上から降りた。


 将軍竜の死骸はもう何も言わなかった。


 わらわに――



 ヒエルドは呆然としていた。


「どうした?」


 ベブルは、じっと目を見開いて動かない彼に訊いた。


 その言葉にはっとしたヒエルドは、首を二、三、左右に振って、それからがっくりと肩を落とした。


「やりすぎ――やったかもね」


「しゃあねえだろ。まあ、全力で掛かってきた相手に、情けをかけて見逃してやるっていうのも、なかなかいい趣味かもな」


 ベブルは腕を組んで、にやりと笑った。


 ヒエルドの瞳は死んだドラゴンを哀れむ。


「この魔物は、ここにおるべきやなかってんな。それを、魔王がここに連れてきてしまったんやな……」


 ウォーロウは鉄の杖を振るい、杖を消す。


「ええ、村の人はそう言っていましたね。これが、村に出るようになれば大変なことになります。村人たちで対抗できるかどうか……」


 ヒエルドはカシノキの杖を強く握り締める。


「よし! 僕も行く、魔王の城に。君ら、行くんやろ? 僕も行く。真意ってのを訊いておきたい。こんな魔物を連れてくるなんて」


「ってお前、俺たちについてくる気か?」


 ベブルが顔をしかめた。両手は腰に当てている。


「うん、そやで」


 ヒエルドは大真面目だ。


「おい、どうすんだよ、こいつ」


 ヒエルドを指差して、ベブルはフィナに訊いた。


「別に」


「やったぁ!」


 その台詞に喜ぶヒエルド。許可されたと取ったらしい。


「しかし、伝説の大魔術師が、若い頃はここまで魔法の力が弱かったとは……」


 期待を見事に裏切られたウォーロウは打ちひしがれていた。


「行くなら行こうぜ。今からならまだ、昼過ぎには着けるんだろ?」


 ベブルは短気そうに言った。


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