第25話 実はそれなりに

 夜になっても未だ降り続く雨。部屋の窓を打ち付ける雨音を聞きながら、俺はしかめっ面でパソコンと向き合っていた。

 別に某艦隊ゲームのイベントを走ってるわけでも、攻撃がダイソンに全部吸われているわけでも、渋すぎるドロップに舌打ちしそうになっているわけでもない。それは昨日の俺だ。

 今日の俺はゲームにうつつを抜かすなんてことはせず、グーグル先生に知恵を借りていたのである。


「どうっすかなぁ……」


 同年代の女子に渡すプレゼントは、果たしてどのようなものがいいのか。

 だがどのページを開いても、大抵同じことが書いてある。基本的にはアクセサリーなど身につけるものはNG、生活雑貨品などの消え物の方がオススメ、などなど。俺の事前知識とさして変わりない情報しか得られなかった。

 ある程度親密な相手なら、アクセサリー類もありと書いてあるけど、はてさて、俺と葵の仲を考慮してみれば、どうなるのだろう。

 ある程度、というのがどれくらいの仲を言うのかは分からないが、まあそれなりに親密だと言えるのではなかろうか。

 しかし、アクセサリーである。例えばネックレスとか、ブレスレットとか、指輪とか。そういうやつである。

 普通に考えて、渡すハードル高くね?

 しかも葵の家で誕生日パーティするってことは、朝陽とか広瀬とか葵の両親が見てる前でってことでしょ? 普通に無理だわ。

 じゃあなにをプレゼントするのかと改めて考えても、やはりなにも思い浮かばないのだけど。

 ここは最後の手段として、母さんと姉ちゃんに助けを乞うか? いや、それは本当に最後の手段だ。誕生日前日になっても選べていなかった時の、奥の手だ。あの二人に話を持ちかけたら、まずはひとしきりニヤニヤといじられるに決まってる。なんかムカつくのでそれは避けたい。

 幼馴染二人からの助力も叶いそうにないし、やはり俺一人でどうにかしなければならないのだろうか。


「あっ……」


 いや、他に一人いた。葵と仲が良くて、こういうイベントとかよくやってそうなリア充で、俺も比較的気兼ねなく話せる相手で、連絡先も知っている女子が、一人。


「持つべきものは美少女の連絡先だな」


 パソコンを閉じて、早速スマホのラインを起動。真っ新なトークルームになんてメッセージを送ろうか、この後十分ほど考えることとなってしまった。






 やたらグイグイ来るラインと悪戦苦闘した結果、なんとか約束を取り付けてから一夜明けた。

 朝の時点では昨日の雨が若干残っていたが、放課後の現在、少し曇ってはいるものの、あれ以上雨が降る気配はない。これから買い物をするから助かった。

 さて、俺がいるのはいつものモール。葵を家に送った後、その足で駅に向かい、電車に乗ってやって来た。

 土日には葵とも家族とも何度か訪れているが、こうして平日の放課後に来るのは初めてだ。なんともまあ、学生カップルの多いことで。そんなに制服デートが楽しいかよ。楽しいでしょうね。男なら誰だって憧れる。俺だって憧れる。

 モールの入り口で周囲のカップルに怨嗟の視線を向けること数分。今の俺は諸事情によりカチューシャをしてメガネも外しているから、普段よりもその攻撃力は高くなっているだろう。まあ、こうか は ないようだ! で終わると思うけど。


「大神くーん、お待たせ!」


 なんて馬鹿なこと考えていると、ようやく待ち人が。見慣れたうちの高校の女子制服。ただしカッターシャツの上からパーカーを羽織った黒髪の清楚ギャル、柏木世奈だ。


「ごめんね、夕凪と朱音撒くのに時間かかっちゃった」

「いや、普通に事情話したら良かっただろ」

「えー。こっちの方が秘密の逢瀬って感じがしてよくない?」

「なんもよくない」


 クスクスと楽しそうに笑っている柏木こそ、俺が昨日の夜に助けを求めた人物。その代わりとして見返りを要求されてしまったが、まあ仕方ない。葵の誕生日に間に合わせるためなら安いもんだ。

 そしてその見返りの一つが、俺の目だった。


「それにしても、大神くんカチューシャなんて持ってたんだ」

「姉にもらった。で、なんで見返りの一つが俺の目なんだよ。こんなん見てもなんも面白くないだろ」


 提示された二つの要求。そのうちの一つ。

 その理由を尋ねたが、柏木はそれに答えることなく、いきなり俺との距離を詰めてきて、目を覗き込んで来る。

 急に近くなった距離にたじろいで一歩後ずされば、柏木はその分の距離を更に詰めてくる。なんなんだ一体。


「ほー、やっぱり綺麗な色だねぇ。琥珀色って言うんだっけ、こういうの」

「らしいな」

「あ、顔赤くなった。なになに、照れちゃってるの?」


 からかうような声色に、思わず視線を逸らしてしまう。そりゃオタクは可愛いんですから、そんなに近づかれたら照れちゃうのが普通の男子高校生ってもんなんですよ。

 さすがは広瀬の友人。まともに会話するのはこれが二度目なのに、距離感の詰め方がえげつない。友達かと思っちゃうでしょうが。


「それで、理由だっけ? 別に大した理由はないよ。綺麗なものを見てたいって思うのは当然でだもん」

「そりゃどうも……」


 この瞳を褒められるのは未だに慣れなくて、頬の熱が勝手に上がってしまう。葵といい柏木といい、うちの学校には物好きが多い。


「あとは変装的な? わたしと大神くんが放課後デートしてたって夜露に知られたら、ちょっとまずいでしょう?」

「まあ、たしかに……」


 またネガティブモードになっちゃって弁明するはめになるかもしれない。おまけに広瀬からは白い目で見られそうだし、なんなら葵に泣かれそうだし。

 それだけは絶対に避けなければ。


「わたしもせっかくならイケメンの隣を歩きたいし、ウィンウィンってやつだね」

「は? イケメン? 俺が?」

「うん」


 あまりにも信じられない言葉を聞かされたので、思わず自分の顔を自分で指さしてしまった。しかもそれなりに間抜けな表情で。

 笑顔で頷いた柏木に、冗談を言ってるような様子は見られない。しかし俺が本気で信じていないのを察したのか、セミロングの髪を揺らして、柏木はコテンと小首を傾げる。


「あれ、もしかして自覚ない? 大神くん、それなりにイケメンだと思うけど」

「はぁ……」

「瞳の色は綺麗だし、顔の堀もちょっと深いし、松潤タイプのイケメンだと思うよ?」

「松潤タイプ」

「まあでも、わたしの好みじゃないけどね」

「おい」

「やつはイケメンの中でも最弱、みたいなポジション。上の下ってところかな」


 褒めるか貶すかどっちかにしろよ。

 しかし、そうか。俺ってイケメンなのか。あれ、なんかちょっと嬉しいぞ? 広瀬からはコメントに困る顔とか言われたことあるけど、俺ってイケメンだったのか。そうかそうか。悪い気はしないな……。


「学校でも、この前みたいにオシャレしたらいいのに」

「いや、それはいい。てか嫌だ」

「そう? 大神くんが嫌だっていうなら、わたしからはなにも言わないけど」


 葵や柏木からどれだけ褒められたところで、はいそうですかと素直に顔を曝け出せるわけがない。そんな簡単に話が進むなら、俺はこんな青春を送ってなかっただろうし、ここまで拗らせることもなかった。

 人間というのは、自分達と違うものを極端に排除しようとする。常日頃はなんともなかったとしても、なにかのキッカケで急に排斥されたとしてもおかしくないのだ。

 本人達は面白がっているだけなのかもしれない。それでも、排除された側からしたら堪ったもんじゃない。ただでさえうちのクラスには、王様気取りの馬鹿なリア充がいらっしゃるのだから。


「とりあえず、さっさと店回ろうぜ。時間なくなる」

「そだねー。夜露の誕生日プレゼント、ちゃんと選んであげなきゃだもんね?」


 投げられた問いにはなにも返さず、モールの中へと足を向けた。

 休日に比べれば随分と人が少ないが、代わりに学生が目立つようになっている。この辺りにはうちの学校以外にも三つほど高校があるから、制服も様々。中には、俺たちと同じ制服の学生も見受けられた。

 柏木の案内でモール内を進み、辿り着いたのは客の殆どが女子高生の雑貨屋。俺一人だったら確実に入れないような店だった。


「ここならとりあえずなんでも揃ってるよ。アクセサリーから生活用品までなんでもござれ」

「……まあ、雑貨屋なんてそんなもんか」


 そもそも雑貨屋の定義自体が曖昧な感じあるし、実際中になにが置いてあるのかなんて、俺もよく知らないし。

 更に店の中をぐんぐん進む柏木についていけば、その先にあったのはアクセサリー売り場だった。ブレスレットやらネックレスやら指輪やら、いかにも中高生が喜びそうなデザインのそれらが棚に陳列している。


「さて、どれにする?」

「え、いや、アクセサリー系じゃないとダメなのか? なんか重くない?」

「そんなことないと思うよ? 恋人にプレゼントするなら普通だけど」


 あー、まずはそこからか……。まあ、校内での俺らを見てる上に、この前の土曜も目撃されたんだから、その勘違いはおかしくないんだけど……。


「俺と葵は付き合ってるわけじゃない」

「え?」

「だから、葵は俺の恋人じゃないし、逆もまた然りだって言ってんの」

「えぇぇぇ⁉︎」


 うるさっ。目の前でいきなり叫ばれて、思わず耳を塞いでしまう。周りの客やら店員やらも何事かとこちらを見ていた。なんでもないので見ないでください。


「でも、この前デートしてたじゃん!」

「まあ、そうだな」

「昼休みは一緒にお弁当食べてるし、最近は一緒に帰ってるんでしょ⁉︎」

「うん、その通りなんだけど……」

「でも付き合ってない、と。いやいや、無理があるんじゃない?」


 そうは言われても、別に告白されたわけでもないし、俺から告白したわけでもない。

 まあ、一度だけ付き合ってください的なことは言われたが、あれはなかったことにする約束だ。


「まあ、そう思うよなぁ……」


 人間観察が趣味とおっしゃる柏木ですら勘違いしていたのだから、校内には勘違いしてる奴らがまだまだいそうだ。

 たしかに最近の俺たちは、そう思われても仕方ないくらいの距離感ではあるものの。


「そっか、なら朝陽くんとか夕凪も大変だ」

「……一応聞いときたいんだが」

「ん? もちろん二人の気持ちも知ってるよ。いやぁ、これまた随分こじれてるね」


 呆れたように苦笑を浮かべる柏木には、同意しかない。本当、なんでこんなにこじれてるんだろうな。


「ま、その話は後で聞くとして。今は夜露にあげるプレゼント決めよっか。正直、付き合ってなかったとしても今の二人の関係なら、この辺り渡しても問題ないと思うけど?」

「指輪はさすがにまずいだろ」


 適当に指輪を手に取った柏木に至極真っ当なツッコミを入れて、プレゼント選びを再開した。

 とりあえず、アクセサリー系はなしの方向でお願いします。

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