第21話 小悪魔系清楚ギャル。趣味は人間観察です。
俺の顔を覗き込んでくる柏木。距離が近い。リア充のパーソナルスペースはどうなってんだ。
その大きな瞳から逃れるように顔を横へ向けた俺は、冷や汗をダラダラ垂らしながらも呟いた。
「人違いじゃないですかね……」
つまりはしらばっくれた。
しかし相手は広瀬の友人だ。こんな程度で逃してくれるはずもない。柏木は俺から離れる気配もなく、ジーッとこちらを見つめたまま。
「やっぱり大神くんでしょ。わたしの目は誤魔化せないよ」
「なんの根拠があって……」
「そもそも、声が一緒だし。夜露と二人で遊びに出かける男子なんて、朝陽くんか大神くんくらいだよ」
「まあ、それもそうか……」
「お、認めたね?」
「これ以上否定してもしょうがないからな」
はあ、と肯定のかわりにため息を吐けば、柏木は満足そうな笑顔を浮かべてようやく離れてくれる。
思春期の男子的には同年代の女子が近くにいるのは、かなり心臓に悪いのだ。その辺わかっててやってるんだろうか。そうだとしたら、柏木は意外と小悪魔かもしれない。
「むぅ……」
視線を前に戻せば、そこにはふくれっ面の葵が。フグ夜露ちゃんの爆誕である。最近流行りの水吐くやつかな? いや、てかなしてそんな不機嫌そうなんだ。もしかして俺、なんかやらかしました?
「大神くん、世奈ちゃんと仲良いんですね」
「いや、まともに会話したの初めてだけど」
「本当ですか?」
「本当です」
俺が朝陽達のグループと絡むことなんて、まずない。幼馴染の二人は例外だが、それこそ黒田くらいしかまともに会話したことがないし、女子となればもっと接点がなくなる。
俺は陰の者であるからして、陽の者と関わってしまえば、その光に焼かれて死んでしまうのだ。
というのは冗談として。単純に相手をするのがめんどくさそうなだけである。実際、柏木がこんなだし。
「たしかに、大神くんとはあんまり話したことなかったかも? 夕凪と朝陽くんの幼馴染なんだよね?」
「知ってたのか」
「ずっと大神くんと同じクラスだったら、そりゃそれくらいの情報は入ってくるよ」
「え」
同じクラスだったの? ずっとって、一年二年の時も? マジで?
「あ、その感じだと、気づいてなかったでしょ」
「まあ、正直……」
「酷いなー。一年の時から夕凪のひっつき虫してたんだけど」
「ひっつき虫って……」
まあ、あの女子グループ三人の中で広瀬が一番目立つのはたしかだけど。柏木だって可愛いのだし、目立つことには変わりない。
同じクラスなの気づかなかった俺が言うな、って話ではあるが。
「仕方ないですよ、世奈ちゃん。大神くんはあんまり、周りのことに興味ないですから」
それはフォローになってないぞ、葵。
「そうなんだ。いつ見ても綺麗な目してるから、もっとみんなと関わればいいのにって思ってたんだけど」
「……待て。いつ見てもって、それどういうことだ?」
柏木のおかしな発言に待ったをかける。
いつ見ても? いや、それは有り得ないはずだ。だって、学校ではいつもメガネと前髪で隠しているはずなのだから。この、金色の瞳は。
たしかに、完全に隠せているとは言えないだろう。注意深く見てみれば、気づくのかもしれない。だが、本当に注意深く、見られている方も気づいてしまうレベルで観察しなければ気づかない、はずだ。
「ほら、わたしの趣味って人間観察でしょ?」
「いや、でしょ? って言われても知らんけど」
趣味が人間観察って。どこぞの自意識の化け物みたいなご趣味をお持ちなんですね。なに、柏木って実は捻デレぼっちなの?
「だから、一年の時から気づいてたよ。とは言っても、わたし以外に気づいてる人なんて中々いないと思うけど」
「さいで……」
まさか三人以外に気づかれていたとは思いもよらなかった。それが柏木、広瀬の友人だから、昔のようにはならないと思うけど。
いや、そもそも、俺たちはもう高校三年生だ。あんなガキみたいなしょうもないこと、そうそうないだろう。俺が神経質になりすぎてるだけだ。
「そうだ。大神くん、ライン教えてよ」
「別にいいけど、またなんで」
「ここで会ったのもなにかの縁だし、大神くんの秘密を意図せず握っちゃったし?」
いや、人間観察が趣味って言ってる以上、意図せずってわけがないだろ。てかそれでお詫びになると思ってんのか。美少女の連絡先とかお詫び以上のものですよマジで。
しかし、さすがは広瀬の友人。見た目は清楚系ガールかと思いきや、距離の詰め方はギャルのそれ。しかも性格は小悪魔系ときた。
時代は小悪魔系清楚ギャルだよアニキ。
こいつ、絶対男子から人気あるけど女子に嫌われるタイプでしょ。広瀬と一緒にいるからそうなってないだけで。
「はい、これでオーケー。じゃあわたしはそろそろ行くね。あんまり長居すると、夜露が拗ねちゃうから」
「拗ねません!」
「もう拗ねちゃってた?」
「拗ねてません! そんなに子供じゃないです!」
いや、本当に残念ながら、ムキになって否定してるあたりは完全に子供っぽいぞ。まあ可愛いからいいんですけどね。やっぱ可愛いって正義だわ。俺も可愛くなればなにしても許されるのでは?
口を尖らせていた葵だったが、そういえばと思い出したように口を開く。
「世奈ちゃん、一緒に入ってきた男性は?」
あ、いや待て葵、お前まさかあれを聞くつもりじゃないだろうな⁉︎
「あぁ、わたしのお父さん。あんまり似てないでしょ」
「たしかに似てないですけど、やっぱりお父さんだったんですね」
「やっぱり?」
「はい。大神くんがパパ活? っていうのじゃないかって言ってたので」
「へー」
およそ温度というものが一切含まれていない「へー」の一言。あまりにも無機質すぎて、どっかでトリビアの泉でも再放送してるのかと思ってしまった。
俺を見つめる笑顔には、なぜか目のハイライトがなくて、背中のあたりを嫌な感覚が駆け巡る。
「おおがみくん?」
「はい……」
「夕凪にチクるよ」
「それだけはご容赦を……!」
んなことされたら俺に明日はないじゃないか! いや完全に俺が悪いんだけどもね!
「まあ、最近始めたバイトの内容は誰にも教えてないし、お父さんとは似てないし、変に誤解しちゃうのも仕方ないとは思うけどね」
「いや、マジで悪い……」
「いいよ、許したげる。その代わり、夜露にちゃんと言葉の意味教えてあげてね。これはさすがに、間違えたままどっかで使ったら大変なことになるから」
「了解です……」
「よろしい。じゃあ、また学校でね」
ヒラヒラと手を振って、柏木は父親がいる席へと戻っていった。まさか彼女に俺の秘密を知られているとは思わなかったが、ここはポジティブに考えよう。お陰でまた美少女の連絡先を手に入れたのだ。活用するかはおいとくとして。
さて。広瀬にチクられないためにも、俺は柏木から仰せつかった任務を遂行せねばなるまい。
「葵」
「はい?」
俺を見つめるのは、汚れひとつない純粋な瞳。夜の露が月光を浴びたがごとき美しい瞳だ。
途端に湧いてくる罪悪感。まるで、小さな子供にサンタの正体を教えるかのような。けれどちゃんとした意味を教えておかないと、柏木の言った通りとんでもないことになってしまう。
覚悟を決めて、俺は真実を口にした。
「さっきの、パパ活って言葉の意味だけどな……」
あの後。大神くんからちゃんとした言葉の意味を教えてもらった後、私が顔を真っ赤にして怒ってしまったのは、しょうがないことでしょう。
さすがの大神くんと言えど、私の友達に対してそんなことを考えてしまうのは許せない。
でも、大神くんも反省していたみたいだし、世奈ちゃんに謝ってもいたから、あまりくどく言わないようにした。
それよりも。私にはもっと分からないことが、ひとつ。あの言葉の意味なんかよりも、よほど正体が気になるもの。家に帰ってきた今でも、それひとつで頭を悩ませている。
たまたま世奈ちゃんと会ったのはいい。出先で友人と遭遇することは、これまでも何度かあったことだし、相手が友人である以上、嫌な気持ちになるわけがないから。
でも、世奈ちゃんが大神くんに近づいたり、二人で仲良く話している時。胸の奥が、とてもモヤモヤした。
あれは一体、なんだったんだろう。
私では分からない。分からないなら、知っていそうな人に聞くのが一番早い。
早速いつものように凪ちゃんに電話しようとして、気づく。そういえば最近、凪ちゃんと話すことが少なくなったことに。凪ちゃんだけじゃない。伊能くんもだ。
帰り際、いつも大神くんのクラスに顔を出すけど、その時は凪ちゃんも伊能くんと別の友人と話していて、とてもじゃないが、私ではそこに入れない。挨拶するだけなのに、仲良く話しているそこに乱入する勇気はない。
その中には世奈ちゃんもいるけど、もう一人の窪田朱音さんや、伊能くんのお友達とはあまり話したことがないから。
最近話していなかったから、凪ちゃんとは話したいことが沢山ある。
でもまずは、この胸のモヤモヤを解明するために、久しぶりに親友へ電話をかけた。
『もしもし、夜露?』
「あ、凪ちゃん! 聞きたいことがあるんです!」
『おおう、今日はまた元気いいわね。どしたのよ』
それから私は、今日起きた出来事と、胸のモヤモヤのことを凪ちゃんに話した。ありのまま、全て詳らかに。さすがに、私の恥ずかしい勘違いは話せなかったですけど。
そして聞き終えた凪ちゃんからは、盛大なため息が。もしかして私、またなにか変なことしてたんでしょうか……?
『そりゃあんた、世奈に嫉妬してるんでしょ』
「嫉妬、ですか?」
『そ。自分以外の女と大神が仲良くしてるからイラついたんじゃない? それも、デートの最中に』
「そんな、別に私は怒ってたわけじゃなくて……それに、世奈ちゃんは友達ですよ? 友達相手に嫉妬だなんてそんな……」
『そういうもんなのよ、恋っていうのは。あんたはなんも間違ってないし、嫉妬したってことは、あんたがちゃんと大神を好きな証拠なんだから。変にウジウジ考えるのはやめなさいよ』
これが、嫉妬。私がちゃんと、大神くんを好きなことの証明。そう思うと悪い気はしないけど、嫉妬というもの自体、あまり好ましい感情じゃないはずだ。
嫉妬深い女は嫌われるって、昔なにかの漫画で読んだことありますし。大神くんに重いって思われちゃうかもしれませんし……。
『その気持ちは大事にしなさい。じゃないと、気がついたら他の女に大神を取られちゃうわよ』
「そ、それは嫌ですっ!」
『その元気があれば大丈夫そうね』
電話の向こうから微笑みが返ってくる。凪ちゃんはいつも私の相談に乗ってくれて、それで嫌な顔もしないで、適切なアドバイスをくれる。
私はいつもそれに助けられているけれど。でも、なんだかいつも私のことばかり話しているから、ちょっとセコいとも思っちゃう。
今日の場合は、そもそも私から相談を持ちかけてるわけですけど。
でもやっぱり、親友の恋路も気になるから。そんな小さな好奇心だけで、私は凪ちゃんにこう尋ねてしまった。
「そういえば、凪ちゃんは最近どうなんですか?」
『なにが?』
「伊能くんですよ。少しは進展あったのかなって思って」
『……』
「凪ちゃん?」
息を呑む気配がした。聞こえる音は凪ちゃんの息遣いだけで、言葉は返ってこない。電話越しでは当然だけど、相手の顔は見えないから。この沈黙が、果たしてどういう意味を持っているのか、私には分からなかった。
やがて返ってきた声は、少し戯けたもので。
『あんたの相談に乗ってるお陰で、あたしの方はなんも進展ないわよ』
「うっ……それは申し訳ないです……」
『いいのいいの。あたしは、夜露のこと応援してるんだから』
「うぅ……本当にいつもいつも、お世話になりっぱなしで……」
『あーもう、うじうじしないの。用件はそれだけ? ならそろそろ切るわよ。お風呂入らなきゃだから』
「はい、ありがとうございました」
まだお話したかったけど、仕方ない。おやすみなさいと挨拶を告げて通話を切る。
けれど、あの不可解な沈黙はなんだったんだろうか。もしも凪ちゃんに悩みがあるなら、少しでも力になってあげたいと思うけど。それは果たして、私なんかが力になれる悩みなのだろうか。
なんて考えていれば、手元のスマホがピコン、と着信を告げた。大神くんからだ。
彼からラインが来るだけで嬉しくなっちゃう。それはもう、条件反射のように。パブロフの犬と揶揄されても仕方ないくらい。
トークルームを開いてみれば、そこには『そういえば、今日なんか聞こうとしてなかったか?』とメッセージが。
世奈ちゃんの乱入ですっかり流れてしまったけど、たしかに私は、大神くんに聞きたいことがあった。
メガネを外して、あの綺麗な瞳を曝け出した今日だからこそ、聞きたいことが。でも、それは面と向かって、直接聞きたいから。また次の機会に。
また今度聞かせてもらいます、と打ってメッセージを送信。一分もせず、彼から了解のスタンプが返ってくる。
今日聞こうとしただけでも、とても勇気を振り絞ったけど。次の機会、また一緒にお出かけする時に、ちゃんと聞けるかな。
聞けたら、教えてくれたら、いいな。
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