第340話 ●「焦土作戦4」

「いやぁ、中々に絶景だとは思わないかい? ハインリッヒ」

「私はラスティア様のようにこれだけの敵兵に囲まれてそんなお茶目な事を言っている余裕はありませんよ」


 ラスティアの言葉に苦笑いを浮かべながらハインリッヒが答える。


 ハインリッヒの言葉の通り、小さな盆地に陣を動かしたエウシャント軍は今やバルクス軍に完全包囲される形となっている。

 見える敵兵の数から少なく考えてもざっと六千。二個騎士団に包囲されていると考えられる。

 一方こちらの兵はベルクリック将軍に大半の兵を任せたため、千ほどしかいない。

 練度、士気から考えてもとても勝ち目はない。


 強行突破も選択肢の一つではあるが、既にこの状況で兵たちに無駄死にを求めることは酷であろう。

 なんせ自分の傍にいる兵はそのほとんどが民兵。自分たちに別に忠義を尽くす必要もない。

 保身のために自分たちを差し出す可能性だってあるのだからそんな無茶なことは出来ない。


 バルクス側もそのあたりを理解しているのだろう。無理に包囲網を狭めてくることもなくこちらの反応を静観している。


「うーん、この場所は大軍を動かすには道が細い。ここまで完全に包囲されるまで気づかないってのは……」

「我々の未知の魔法……でしょうか?」


 ハインリッヒの言葉にラスティアも首肯する。

 全面支持は不確定要素が多いから戦術家としてすることは出来ないが可能性をつぶしていけばその答えが一番妥当であろう。


「バルクス辺境侯は魔法開発にも長けているという情報もあるからそうだろうね」

「……しかし、ここは付近に住む住民しか知らない場所です。それを考えると」

「裏切り……いや、この言葉は正しくはないな。

 より良き生活を保障してくれる側に領民がついた。という方が正しいか……」


 貴族たちは勘違いしているが、領民は主である貴族に縛られるのではない。土地に縛られているのだ。

 つまりは上が挿げ替わろうと今までの生活が少なくとも保障されれば領民から不満が上がることは無い。


(もちろん領民がそういった動きになることは考えていた……けれどそれにしてもあまりにも早すぎる)


 領民だって馬鹿なわけではない。現在戦争中なのだから取って取られてを繰り返す可能性がある中で侵略者側に早急につくことの危険性は理解している。

 にもかかわらずこれほど早くバルクス側につくことはラスティアもさすがに想定外であった。

 だが想定外とはいえ実際にそれが起こっているのだ。その部分から目をそらすわけにはいかない。


「……これほどまでに早くバルクスにつく。余程の好待遇だったか……いやそれでもあまりに早すぎる。

 少なからず集会で揉めるはずだ。よほどのリーダーが……」


 町村には町長や村長がいるが、絶対的な権力を持っている者は意外と少ない。

 多くが代表者による合議制が行われる。もっとも代表者同士にも派閥がありその派閥の力関係による部分がほとんどではあるが……

 ゆえに町村の方針が決まるまでには、各派閥の駆け引きでそれなりの日数を必要とするはずである。


 そう考えていたラスティアの頭の中にある可能性が生まれる。しかしそれはあまりにも恐ろしい可能性。


「まさか……既に。この時を想定して根を張っていたのか?」


 ラスティアの考えた可能性とは、バルクス側が町村の多くにスパイを送り込んでいるということだ。

 しかも町村の決定にまで影響を与えるということを考えれば一、二年の話ではない。もっと以前からということになる。

 さすがに全ての町村を……とはならないだろうが、『もしかしたら?』という疑念を抱かされるだけでも効果がある。


「もしそれだけの人員を動かせるとなると……軍部担当のリスティア殿だけでは難しい。

 クラリス元王女殿下やアリストン殿も関わっていると考えて間違いないだろう」

「ですが……それでは……」


 ハインリッヒが続く言葉を飲み込んだことは理解できる。


「あぁ、これほどまでに周到な準備をされていたのだ。勝てるわけがない」


 そうラスティアは苦笑いするのであった。


 ――――


「それでは、エウシャント軍……いえ、ラスティア殿はこちらに降伏する。と」


 エウシャント軍を包囲するバルクス軍のやや後方に仮設置された兵舎にいたリスティアは、降伏勧告に対してのラスティアからの返答を受け取りながらつぶやく。


「はっ! これ以上の抵抗は領民への負担も多く。全面的に降伏するとのこと。代わりに兵たちの安全を願うとのことです」

「わかりました。抵抗さえしなければ兵の方々は武装解除後、各々の故郷への帰郷を許します」

「それと、ラスティア殿からリスティア様との会合を希望すると……」

「……わかりました。問題ありません」


 そう返すリスティに包囲するバルクス軍青壁騎士団長のブルーが口を開く。


「……よろしいのですか? リスティア様はわが軍の生命線。そこを……」

「それはないでしょう。既にこの場での勝敗は決しました。それにラスティア殿がこれ以上エウシャント伯に尽くす義理もないでしょうしね」


「エウシャント伯に尽くす義理がない? とすればラスティアの目的は何なんです?」


 その言葉にもう一人――赤牙騎士団長レッドが口を開く。


「バルクス陣営への投降。ってところですかね」


 と、リスティは微笑みながら返すのであった。


 ――――


「お久しぶりであります。リスティア殿。クイ様とイーグニア様の婚儀以来ですので……」

「はい、七か月ほどぶりですね。ラスティア殿」

「あぁ、紹介が遅れました。こちらは私の補佐を行っておりますハインリッヒと申します」

「これはハインリッヒ殿。ようこそお越しくださいました」

「は、はぁ」


 この会話だけを聞けばこの場が、敗軍の将と勝利者との会話とは思わないだろう。

 現にラスティアとハインリッヒは、念のため後ろ手に縛られているし、リスティアの左右後方には不測の事態に対応するためにレッドとブルーがいつでも武器をとれるような態勢でいる。


 その中においてもリスティとラスティアは、気にすることもなさそうに会話している。

 それを聞いているハインリッヒにしてもレッドとブルーにしても内心はひやひやである。


 単純にリスティ達が落ち着いているのは、お互いの胸の内を理解しているからに他ならない。


「……ラスティア殿」


 そこに第三者の声がする。その声にラスティアが顔を向けるとそこには二十代前半の青年に付き添われた一人の壮年の男性がいた。

 

「ベルクリック将軍。よかった、ご無事でしたか」


 ラスティアのその言葉に壮年の男性――ベルクリック将軍は薄く笑う。


「アインツ。お疲れ様でした」

「まったく、二日間のほとんどを狭い馬車の上で過ごしたからな。体がバッキバキだ。

 しばらくはゆっくりさせてもらうぜ」

「はい、鉄竜騎士団の方たちには三日間の完全休暇を許可します」

「よっしゃ! そりゃ皆喜ぶぜ」

「ですがそれが終わり次第、もっと頑張っていただきますからね」

「ゲェっ!」


 そうやり取りするリスティとアインツの雰囲気にラスティアは軽くため息を吐き。


「なるほど、こりゃ勝てないわけです」


 と苦笑いするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る