第317話 ■「婚儀の中で3」

「そちらにいらっしゃるのはリスティア夫人とアリストン夫人。それにクラリス夫人でしょうか?」


 結婚パーティ会場で三人で会話をしていたクリス達はかけられた声の方に振り向く。


 そこにいたのは一人の男性。

 年の頃は自分たちよりも三・四歳年上だろうか?


 少しくすんだような金色の髪を短く奇麗に切りそろえており、いわゆる好青年然としている。

 一方で身長はこの世界の成人男性としては低い。百六十あるかないか程度とクリスの方が高いくらいである。


 顔に浮かぶ笑顔も自然で初対面に対してはある一部を除けば好印象を抱くものが多いだろう。

 まぁ、この三人はそのある一部であるのだが。三人が三人ともに表情に出すことなく警戒心を上げる。

 こういった手合いは策謀家によく見るのだから。


「はい、そうです。申し訳ありませんがどちら様でしょうか?」


 三人ともに今回招待した貴族たちや有力者たちの顔は覚えている。だがその中に該当する人物ではない以上、未招待もしくは招待した貴族たちの随伴者ということになる。

 クリスの問いかけにその男は一礼する。


「これは申し遅れました。エウシャント伯爵家執務副官のラスティア・ヒアルス・ファーナと申します」

「エウシャント伯爵家の随伴者の方ですか」


 リスティはラスティアと名乗った男の言葉に極力顔色を変えることなく返す。

 エウシャント伯爵。反イグルス王子派がひしめくバルクスの北方の貴族の中心人物である。

 そして遠くない将来に敵対することを避けることは出来ないだろう。


 それを知ってかしらでか声をかけてきたのだからに警戒するのは当然であろう。

 しかも三人の中でラスティアという名前は敵対陣営の中で要注意人物としてインプットされていた名前なのだ。


 王国が建国されて三百年以上経つ中で貴族同士の争いは大小さまざま含めて数多あるが実際に一方の貴族が滅亡したことはそう多くはない。

 ここ二十年の中では三度ほど。

 そのうちの一つは、当時は伯爵だったバルクス伯とルーティント伯の所謂『ルーティント解放戦争』である。

 そして残りのうちの一つがエウシャント子爵とオルク子爵の戦争である。


 その戦争は当初エウシャント子爵側が大勢不利とみられていた。だが終わってみればエウシャント子爵側の圧勝。

 それによりエウシャント子爵は伯爵となっている。

 その戦争を勝利に導いた若き官僚の名前がラスティアであった。

 情報ではファーストネームのみしか分からなかったが彼とみて間違いないだろう。


(うん? ヒアルス……)


 リスティはふとそのミドルネームに引っ掛かりを感じた。ミドルネームが存在するということは少なくとも彼も貴族の一人である。

 伯爵ならともかく子爵の時点で部下に貴族がいるというのは、恐らくラスティアはヒアルス家の四男以降であろう。

 次男や三男であれば、言い方は悪いが長男に何かあった場合のスペアとして大事に扱われる。

 しかし四男以降ともなれば弱小貴族であれば穀潰し程度に扱われることも多い。


 本人も家を継ぐことが出来る見込みが低くなるので貴族学校に通っているの間に奉公する貴族を探すことになる。

 大概は大領持ちの伯爵以上の貴族にスカウトされるために勤しむことになるがそれが、少領の子爵に奉公しているという事はそれが叶わなかったのだろう。


(そういう場合は、得てして無能であることが多いのですが……)


 だがリスティたちが収集した情報では、エウシャント陣営で要注意人物は彼である。無能では無いだろう。

 とすると、いわゆる大人の事情というやつが要因となってくる。つまりは貴族間のいざこざだ。

 どこかの有力な貴族が彼に対して圧力をかけたと考えていいだろう。


(それにヒアルス・ファーナ。どこかで聞いた記憶が……)


 過去にどこかで聞いた名前というぼんやりとした記憶を必死にリスティは探る。

 ……そして思い出す。悲しき事件に巻き込まれた少年の名を。


「パソナ・ヒアルス・ファーナ男爵公子……」


 そう呟いたリスティの言葉にラスティアは少しだけ驚いた顔をする。

 一方でクリスとアリスは聞いたこともなかったのだろう少しだけ首をかしげる。


「弟の名前を憶えていていただけたのですね」

「はい。と言っても私も名前だけを聞いていてお会いしたことはありませんが……」


 パソナ・ヒアルス・ファーナ男爵公子。今から約十四年前。リスティやエルたちが十歳の時に遭遇したレイーネの森事件の唯一となる犠牲者だ。

 ラスティアはその彼の兄というわけである。であるならば……


「エルスティア様を……私たちを恨んでいらっしゃるのですか?」


 あの事件の際、エルスティアの名前は広く知られることになった。そうなると犠牲者の親族の負の感情が向けられる可能性がある。

 だが、リスティの言葉にラスティアは少しだけ驚いた顔をすると首を横に振る。


「いいえ、そんなことはありません。弟が死んだのは随伴していた教師たちが魔物の存在に気付くよりも前。しかも森の奥に入った場所で見つかったとのこと。

 恐らく当時付き従っていたルーティント伯爵公子についていって事件に巻き込まれたのでしょう。その場にいて無事だったとも聞いていますし。

 当時十歳に過ぎなかったエルスティア様やあなたたちを責めることなど出来ようはずもありません。むしろ感謝しているのです」

「感謝……ですか?」


「えぇ、エルスティア様が早急に魔物を退治していただけたおかげで弟の遺体は食い荒らされる事無く故郷に戻ることが出来ましたから。

 さらに言えば、こうなった原因を作ったと思われるルーティント伯爵公子も打ち滅ぼしていただけました」


 そう言いながら頭を下げるラスティアの表情からは嘘は読み取れない。

 リスティは、ちらりとクリスとアリスの方へと目くばせする。その視線に気づいた二人は首を小さく横に振る。


 人の機微に鋭い二人もラスティアの言葉からは嘘は感じなかったようだ。


「……なるほど、それであればラスティア様が感謝していたこと。エルスティア様にお伝えさせていただけます」

「そうしていただけますと光栄です。さて……こうしてご三人に面識いただけたこと大変うれしく思います」


 その言葉に三人は気づく。ここからが彼の本命だと。


「今やエスカリア王国の西部方面でバルクス辺境侯に並ぶものはいらっしゃいません。我々北方の地方貴族たちが束になっても敵わないでしょう」

「いいえ、そんなことはありませんよ。日々、南方から侵攻を企む魔物たちの対応で精いっぱいですからね」


「いえいえ、ご謙遜を……私としては主に対してバルクス辺境侯と事を構えずむしろ友好を結ぶべきと再三お伝えしているのですが……あのような性格ですから

 北方のその他の貴族も……ねぇ」


 そう笑うラスティアの言葉には色々な意味が含まれている。エウシャント伯爵がバルクス辺境侯に対してよい感情を持っていないという事実。

 そして、『あなたたちはエウシャント伯爵の性格。さらには北方の貴族たちの情報など調べているでしょ?』と暗に示している。


「私個人としては、皆さまとも今後も良き関係でありたいと考えております」

「……えぇ、私もそうであることを願っております」


 そう返すクリスの言葉にラスティアは嬉しそうに微笑み、一礼すると三人の元を辞していった。


「牽制……でしょうか?」


 ラスティアが十分に視界から見えなくなったところでリスティが口を開く。


「それもあるけれど、どちらかといえばバルクス側と繋がりを作りたかった。という方が強いですかね」

「アリス……それってどういうこと?」

「おそらくラスティアさんの中でも、北方貴族と私たちが戦争となることは想定済みなのでしょう。しかもかなり分が悪いことも」

「こっちには戦略の天才。リスティがいるものね」


 そうクリスは意地悪そうに言う。リスティも慣れたものでその言葉を微笑んでスルーする。


「ラスティアさんにとっては、仕える主に拘りはないでしょう。『良き鳥は、良き宿木を見つける』です」

「つまりは、既に戦後のために動いている……と」

「なるほど。中々のやり手みたいね。こちらとしても優秀な人材は大歓迎だから。お手並み拝見ってところね」


 そう言いながら三人はラスティアが去って行った方向へと視線を向けるのであった。

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